注目ニュース

ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、10,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

「今日もバイブルしましょう!」のサイトは、http://www.bible-today.com/ です。

浦幌のすばらしい人々

投稿者: Administrator on .

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効

夢の村の皆様浦幌町に来て3年目になります。ここの町に導いてくださった神様に、まず、感謝を捧げたいと思います。ここに来て感じる大きなことの一つは、浦幌の町の人々の良さです。すぐに仲間に入れてもらいました。それは、この町に引越しする前に、「NPO日本のうらほろ」というものが立ち上がるところでした。

説明会が浦幌の中央公民館で行われ、私もそこに参加しました。そこで、町の有志たちが集まり、この町を全国に情報を発信することや町の良さを知らせる。そして、町の良い産物を発信することを目的に、町づくりの一環として立てられました。

それだけではなく、町の皆さんがこの町を愛し(もし、愛さなかったら、ここにはいません)、この町を立て上げる動きが見られます。このような流れの中で、良い友人・知人が増えました。

特に、「夢の村」というものもあり、私たちの看板や家の周りの整備などにも携えてくださいました。そのようなかかわりの中で、自分の障害もあったことから、雪が降りますと、雪かきが大変じゃないかと思い、お手伝いに来てくださるのです。これは、町の雪かきではなく、個人で私たちの広い駐車場を雪かきをしてくださっています。

時には、同じ時に、二人の方が見えたりします。これは、主の恵みであり、感謝なことです。

近所との関わりも、良くて、他の場所では味わえない、心の友のような人が沢山居ります。

感謝です。

アブラハム・リー@ゴスペルハウス

今日もバイブルしましょう!が1千万アクセスを超える

投稿者: Administrator on .

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効

ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、10,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

「今日もバイブルしましょう!」のサイトは、http://www.bible-today.com/ です。

妻(母)となることを人生の目標?

投稿者: Administrator on .

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効

Q 女性が、妻(母)となることを人生の目標とすることはおかしなことですか。何か他に目標がなくてはいけませんか。

A  全くおかしくありません。母親としての仕事は立派な仕事であり、何も恥じる必要はありません。若い女性たちが主婦となることを目指すと言っただけで、愚か者扱いされるようになったのは、ほんのここ数十年のことです。

ある大学4年の女子生徒が卒業後のことについて相談に来たことを思い出します。様々な仕事の可能性や更に学びを続けることについても話し合いました。
それから彼女はひと呼吸おいて、後ろをうかがってから身を乗り出し、ほとんど聞き取れない程の声で言いました。

「本当のことを言ってもいいですか。」
「もちろん。他に誰も聞いてはいませんよ。」
彼女は低い声で続けました。「本当はね、仕事なんか持ちたくないの。結婚して子どもを育てるのが私の望みなの。」
私は答えました。「何か秘密のように話さなくちゃならないことかい。君の人生じゃないか。誰に遠慮することもないよ。」
「冗談言わないで下さい。この学校の教授や友達に聞かれたら、うわさの種にされてここにいられなくなってしまうわ。」

信 じがたいことですが、今や子どもを産んでから数年を育児に専念することが当り前ではない時代になってしまいました。この風潮は、女性蔑視であり愚かなこと です。神を愛し、この世に貢献し役立つ子どもを育てることほど大切な仕事がこの世にあるでしょうか。何世紀もの間大切な働きとされてきた家事や育児を女性 たちが恥じるようになったことは残念至極です。

もちろん、すべての女性が妻や母になるわけではありません。仕事にのみ生きる女性もいるで しょう。結婚するつもりのない人もいます。それはそれでいいのです。しかし、専業の母親となることを望む人がそれを公言することを(それも大学の構内で) 恥じる必要などどこにもありません。


From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

その他の記事...

スポンサーサイト:

良くある質問と答え

  • 人に不快な思いを与えるようなものでさえなければ、礼拝に出席する服装の決まりは基本的にありません。ただ、礼拝に集まる信者たちは、「神様のみ前に出 る」という思いをもって集っています。礼拝にどういう服を着ていくか、ということは、「人の前でお洒落をする」ということではなくて、「神様のみ前にどの ような思いで出るか」ということなのです。
  • 子育てQ 子どもをしつける親が、最も犯しやすい過ちとは、どのようなものでしょうか。

    A .  私の見てきているところ、それは、親が怒りによって子どもをコントロールしようとすることだろうと思います。
    どんな年齢層を対象にしても、怒りで人を動かそうというのは最も非効率的な方法です。それなのに、多くの大人たちは子どもをしつけるのに、自分の感情的な言動に頼ろうとします。

    ある先生が、全国ネットのテレビ番組で言っていました。

    「教師であることには誇りを持っています。でも毎日子どもたちを教えるのは嫌で仕方がありません。生徒たちは全く言うことを聞かないので、教室の秩序を保つために、私は絶えず怒っていなければなりません。」

    明けても暮れても、嫌みで怒りっぽい先生を演じつ続けなければならないとは、何ともご苦労なことと言わねばなりません。

    しかし多くの先生方や親たちはそれ以外の指導の仕方を知らないのです。これは、疲れるやり方であり、そして効果がありません。自分自身がどういう風に人から動かされるかを考えてみたら分かり易いでしょう。

    今晩帰宅途中に60キロオーバーのスピード違反をしてしまったとしましょう。街角に警官が立っていますが、彼にはあなたを捕まえる方法がないとします。パ トカーも白バイも持っていません。肩章も拳銃も違反切符もありません。できることは、ただ街角に立ってスピード違反をしているあなたに向かってののしるこ とだけです。警官がこぶしを振り上げるのを見てあなたは減速するでしょうか?もちろんしません。そばを通り過ぎながら手を振って挨拶するかもしれません ね。怒ったからといって、警官は何もすることは出来ません。漫画のような話です。

    一方、バックミラーの中に黒と白の車が頭上に赤いランプ を回しながら近づいてくるのを見ることほど、スピード狂のドライバーをおとなしくさせるものはありません。路肩に停車すると、威厳があり、礼儀正しい警官 が運転席に近づいてきます。2メートルもあろうかという大男で、ローン・レンジャーの様な声をし、銃身をごく短く切った散弾銃を両腰に下げています。彼は 丁寧ながら毅然とした態度で、「お急ぎのところ恐縮ですが、レーダーよると制限速度40キロのところを、100キロで走っておられたようですね。免許証を 拝見します。」と言います。
    警官は革表紙の召喚状を開いてあなたの方に顔を寄せます。彼は敵意を表したり、非難をしたりはしないのに、あなたは即座に求めに応じます。まごまごしながら、気に入らない自分の写真のついた免許証を財布の中から取り出します。
    な ぜあなたの手は汗ばみ、口はカラカラなのでしょう。どうして心臓は喉から飛び出しそうなほど脈打っているのでしょう。それは、警官がしようとしている手続 きが不愉快極まりないからです。あなたのこれからの運転癖を劇的に変えてしまうのは、警官のこの一連の行動なのです。怒りではなく、懲らしめの行いが行動 を直すのです。

    実は、大人の怒りは子どもの心に破壊的な軽蔑心を引き起こすと私は信じます。子どもには、私たちの怒りは、事態をどうに も出来ない無能さと映るのです。正しいことを教えようとするのですが、効果がないのでやたらと手を振り回し、涙を流さんばかりにして実行もしない脅迫を繰 り返すのです。
    お聞きしますが、あなたご自身はそんな風に感情的な方法で法律を守らせようとする裁判官がいたとしたら、尊敬なさるでしょうか。答えを待つまでもありません。ですから、法律の世界は意図的に、客観的で、合理的で、威厳に満ちたものとされているのです。

    私は、親たちや先生方が正当な感情を子どもたちから隠すようにと言っているのではありません。あるいは、全てをうちにしまい込んだ、応答をしない、面白味 のない、ロボットの様な人間になれと言っているのでもありません。子どもたちが侮辱的な態度を取ったり、不従順になることはありますし、私どもがいら立つ のは、無理のない場合はあります。そういう場合は、むしろ怒りを表現するべきです。そうでなければ、偽善者でしょう。

    私のポイントは、怒りがしばしば子どもたちの、行儀を直すための道具として意識的に使われるということです。しかしこれは効果がないばかりか、子どもの信頼を失うことにもなるのです。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

  • 子育てQ どのようにしたら他人種、他民族に対する健全でオープンな態度を子どもたちに持たせることができるでしょうか?

    A.  子どもを教えるのに親の模範に優るものはありません。

    ある人が言いました。「子どもがたどる足跡は、親がもう消してしまったと思っている足跡だ。」と。よく言ったものですね。子どもたちは我々親を良く見ており、本能的に我々の行いを真似るのです。

    ですから、私たちが心狭く、差別をしていながら、子どもたちには「みんなと仲良くしなさい。」とは言えません。
    同じ様に,私たちが家でも外でも礼儀をないがしろにし、感謝を表さないでいて、子どもたちに「感謝を表せ」と言っても無理というものです。
    都合の悪い人から電話がかかってきた時に、「パパはいないって言いなさい」と子どもに教えているなら、正直な子どもを育てることはできないでしょう。

    こういうことについて、子どもたちは大人の言行不一致にすぐ気がつきます。そして、得てして子どもは我々の空しいお題目より、行ないの方に習ってしまうのです。


    FROM ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • Q. 本当に神は居られるのですか?

    A. はい、おられます。聖書には「初めに、神が天と 地を創造した。(創世記第1章1節)」と書かれています。神が私たち人間や、すべての自然界を創造されました。自然の神秘やコンピューターよりも精密な人 間の体が偶然に出来たと思われますか?神は存在され、あなたや私を愛してくださっています。