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ひげぱぱ日誌 Author:ひげぱぱ 昭和32年、東京タワーが着工した年に生まれる。「三丁目の夕日」を見て、これが僕の生まれた時代だったんだな~としみじみと思った。1989年脱サラ後、塾、英会話教室を経営、現在はIT関係の会社を経営している。二男二女の父。
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良くある質問と答え

  • Q. クリスチャンってどんな人ですか?

    A. クリスチャンとは、イエス・キリストを救い 主と信じた人です。その呼び名は、1世紀のローマ帝国時代に、キリストの弟子たちがローマ皇帝ではなく、キリストのみを唯一の「主」と告白したためにつけ られたあだ名、「クリスティアノス(キリストに属する者)」に由来しています。後に、それがクリスチャンへの迫害につながって行きます。
    誰でも、イエス・キリストを人生の主として本気で信じ、受け入れるならば、今日からでもクリスチャンになれます。キリストを信じて、あなたも勝利の生活を歩んでみませんか?
  • 家族Q 博士の中絶に対する考えは極端だという人たちがいます。近親相姦やレイプや生まれてくる子が障害児である時でさえ、中絶は許されないと言われるからです。そういう立場を取られる理由は何ですか。

    A  文字どおり母親の命がかかっているという稀な場合にのみ、人間は発達過程にある胎児の命を奪う権威を持つと私は思います。

    その理由は、次の単純な質問に基づいています。「母親の子宮にいる赤ちゃんと、産道を30センチばかり下りた赤ちゃんとどんな基本的違いがあるのでしょう。」もしあるなら、それは何でしょう。人の誕生のどの時点で、神は子供を人間であると宣言されるのでしょう。

    赤ちゃんが母体から離れることには、単なる原形質から永遠の魂を持った人間への変化を説明する、何か特別神秘的なものがあるのでしょうか。私はないと思います。子宮内の赤ちゃんも、数分後にこの世に生まれる赤ちゃんも、確かに神様は同じ愛をもってご覧になるのです。
    両者の唯一の違いは、人の目に見えるか見えないかです。

    こ の前提を受け入れるなら、産前であれ産後であれ、子どもを殺すことは同じように人の道に反します。肉体上の問題、知的な障害、また妊娠の理由はこの際関係 がありません。思いがけない障害をもって生まれた子をその場で殺すようにとは、中絶賛成派の急先峰であっても言いません。
    実際に、人並みの知的能力を持たないであろう新生児や、数週間しか生きられないであろう新生児を殺したら、当局から殺人の責任を問われます。子どもの状況がどれほど厳しくても、私たちには自然の流れに任せるという道徳的また法律的責任があります。

    同じように、私たちは、レイプや近親相姦による妊娠だったからと言って、たった昨日生まれたばかりの子を殺すことはしません。一旦生まれたなら、ことさらに命を奪うことは考えられないことです。
    そ れならば、母の子宮にいるからといって、なぜ「標的」にされるのでしょう。確かに、法律は生まれていない子と生まれた子とに違った立場を認めますが、その 場合は法律が悪いのです。このような区別をするべき生物学的、また道徳的な理由はありません。私たちがまだ会っていない小さな犠牲者の死ぬ過程を見なくて すむ時にのみ、胎児の虐殺は受け入れられるべきかに見えるだけなのです。

    ですから、欠陥があったり障害を持つ子どもの命を断つべきだとい う議論のすべては、以上の理解に照らして検討されなければなりません。「どっちみち死ぬんだから。」「生かしておいても本人が苦しむだけだ。」「親が苦し むだけだ。」「真っ当な人生を送る見込みは、まずない。」「関係者みなにとって、これがベストの選択だ。」など様々な言い分がありますが、この世に生を受 けた赤ちゃんに適用しようとすると、こういう言い訳が間違っていることは明らかです。

    新生児にシアン化合物を与えるべき正当な理由はありません。しかし、その数時間前、妊婦の陣痛がまだ始まっていない時なら、その同じ欠陥のある胎児、または誤って妊娠に至った胎児をばらばらにしてもかまわないと考える人たちがいます。

    私 は、その主張は断固として誤りだと思います。こういう見解は、哲学的また神学的に述べることは易しくても、実際問題として直面させられる親にとっては別問 題だということは分かります。特に気にかかるのは、レイプによる子を妊娠している女性です。言語に絶するうめきと苦しみとがあるでしょう。
    しか し、そのような母親でも、もし無事出産し、自分で育てるか養子に出したならば、決してその決断を後悔することがないことを私は確信します。生まれていない 子どもにとって正しく道徳的なことは、両親にとっても結局はベストなのです。私の意見に反感を覚えるする人はいるでしょうが、これは私が信じていることで す。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • Q テレビが引き起こす悪影響を考えたら、子どもが大きくなるまでいっそのことテレビなどなくしてしまったらよいとは思われませんか。

    A  あるご家庭では、おっしゃる通りのことを行いました。そのような勇気は立派と言う他ありません。

    しかし私は、テレビをつけても、それに支配されずにいることは可能と考えます。私の提案は、家族全体でテレビについて話し合ってみることです。
    何が悪いのか、どうしたら良いか、子どもたちがどうしたら番組の良し悪しを判別することを学べるかなどです。

    もう一つは、ご両親がお子さんたちと一緒にテレビを見ることです。見ていることを理解させようとするだけではなく、家族としての楽しい団らんの一つとしてです。

    正しいアプロ一チを用いれば、テレビは、教育やディスカッションの大変有益な道具となりえるのです。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • Q. 聖霊とは何ですか。

    A. 父なる神(万物の造り主)と子なる神イエス・キリスト(わたしたちの救い主)とともにあがめられ、今も見えない形で共にいて下さる神さまです。聖霊は全て のものの内に働き、また聖書の御言葉の活きた語り手として、信じる者に信仰、希望、愛をもたらしてくださいます。 聖書で「霊」という場合、心霊写真の「霊」とは違います。霊は神であり、命だからです。