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今日もバイブルしましょう!(Bible Today)

デボーションの第二ステップ 静聴

投稿者: Administrator on . Posted in バイブルしましょう! Daily Devotion

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第二ステップ 静聴

神は語られる

神様が語られる、それは私たちの信仰の前提です。

だから私たちは聖書を読み、聖書に聞きます。神様が私たちに求めておられるのは、人格的な交わりなのです。神様は対話を求めておられます。そこで私たちは聖書を通して、神様に聞きます。聖書に聞いて心の中に浮かぶ思い、それは心が神に聞いた事柄です。そう信じます。

私たちは、うっかりすると神様の前に出て自分の願いをあれこれ訴え、訴えで終わってしまうことがあります。神様との交わりでは、私たちは訴えるだけではなく、神様に聞くことがとても大切です。

気を付けること

デボーションの時間は聖書研究の時間ではありません。

•    聖書

イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」(マタイ 4:4)。

•    デボーションの時間は、神様のみ言葉を、わが魂の糧として食する時間です。

注解書や参考書を調べるより、私に与えようとされる命の糧、今日のマナをいただくために、期待をこめて静かに神の御前で耳を傾けるのです。聖書の箇所を全部は理解できなくても、悟ることのできた部分を霊の糧としてその日に食べるのです。

•    私たちは、聖書の知識が足りないから、神の子として成長できないのではありません。

それはすでに悟ったみ言葉を魂の糧として十分消化して、それを毎日の生活の中で実践しないからです。

アドバイス


•    適当な量だけデボーションしましょう。

神様は私たちに聖書をたくさん読みなさいと命令されたのではなく、「昼も夜も口ずさみなさい」とおっしゃいました。またその悟ったみ言葉に従うの が大切だと教えられました(マタイ7:24)。ですから、その日、口ずさんで消化して、実践できるくらいの量を選ぶのがよいのです。一つの物語か、書簡 だったら10~15節、箴言だったら数節くらいが適当です。

•    毎日規則的にデボーションをしましょう。

もちろん、これは律法ではありません。しなくても良い時もあります。しかし、聖書は命の糧を象徴するマナを、その日その日、毎朝収穫するよう命じ ています(出エジプト記16:12、21節)。ですから、毎日規則的に、できれば、時間も同じ時間にするのがよいのです。さらに、その日の働きを始める 前、主との交わりを持ち、その日の導きを受けるのが理想です。

•    計画的につくられているデボーションの日課表を使えば助けになります。

バランスよく、かたよらずに聖書をデボーションするには、専門家がつくった日課表を使うのは賢いことです。私は、月刊誌『幸いな人』を使っています。「信徒の友」の聖書日課表、その他、さまざまな聖書日課表がありますので利用するとよいと思います。

『幸いな人』はデボーションのための雑誌なのでお勧めします。

•    色鉛筆で印をつけながら聖書を読み、またノートに記録しましょう。

神様のみ言葉が、もしその時代だけで語られ、それが記録されなかったら、今の私たちはどうなったでしょうか。記録されて残っているので、それが聖 書となっています。記録することは大切なことです。私たちが毎日、み言葉の中で神様のみ声を聞き、従い、家庭教師であられる聖霊の導きによって生きる私たちの生涯の記録は、使徒たちが聖霊の導きによって生きたことを記録した「使徒言行録」に似ています。

ノートに書く書き方のサンプルは『聖霊と共に生きる』(小牧者出版)に数例あげられていますので参考にして下さい。

 

(このガイドは、http://hola.la.coocan.jp/devotion/dev_index.htmlの牧師堀江明夫による「御言葉に生かされる恵み」からのもので、許可を得て転載したものです。)

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良くある質問と答え

  • Q. 教会は楽しいところですか?

    A. もし世の中の楽しみのようなことを期待されるならば、場違いだと感じるかも知れません。教会には、年齢や性別、国籍を越えて、いろいろな方々が来られています。神による不思議な平安や暖かさが満ちていま すので、何回か来られるならば、この世の中には無い、素晴らしい喜びが神によって与えられることに気づくでしょう。その時には、教会に来ることが何よりも 楽しくなります。考えていないで、一度勇気を出して足を運んでください。
  • 聖餐は洗礼を受けたクリスチャンが、イエス・キリストが私たちの救いのために肉を裂き、血を流して死んで下さったことを記念し、その体と血とをあらわすパ ンと杯にあずかる儀式です。礼拝の中でそれが行われます。礼拝において、説教を聴き、聖餐にあずかることによって、今も生きて共にいて下さるイエス・キリ ストと共に生きるのがクリスチャンの生活です。
  • Q. アーメンとは、どういう意味?

    A. アーメンは「その通りです。」「真実です。」という意味です。クリスチャンがお祈りの後でアーメンと言うのは、「このお祈りの通りです。」ということを宣言しているのです。他の人のお祈りの後でも、賛同の意を込めてアーメンと言います。
  • ユダヤ人たちは、イエスについての死と復活のことばを聞き、自分たちが神の子であるイエス・キリストを十字架につけたという事実を知る時に、彼らは心を打 たれ 「私たちは何て事をしてしまったのだろう。何をすれば神に赦されるのだろう。このままでは神の怒りは私たちに来てしまう」 と途方にくれてしまいました。そこで彼らはペテロに「私たちはどうしたらよいでしょうか」と尋ねました。 ところが、ペテロの答えは予想外に簡単であったのです。ペテロは38節で非常に重要なことを3つ言います。

    (1)悔い改めるとは、生 き方の方向を変えると言う意味です。自分中心の生き方、人が作った善悪の基準による生き方、また人間の作った宗教による生き方から、神の教えに従っていく 生き方に変えるのです。人は「自分が一番かわいいもの」ですが、このような生き方から改めて、神を心から愛し、その教えに従い、隣人を自分自身のように愛 せるように方向転換するのです。 これが悔い改めです。

    (2)イエスの名によってバプテスマを受けるのです。バプテスマは信仰告白した者の全身が、水の中に浸され、象徴的にイエスともに死に、またその全身が水からあがる時、イエスとともによみがえさせられるのです。その結果

    (3)バプテスマを受けたものは、神の霊である聖霊を、神の賜物として受けるのです。