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電道(E-vangelism)

計画を練る:資料の有効利用

投稿者: Administrator on . Posted in 電道 E-vangelism

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4.1 新聞、雑誌から学ぶー写真、絵(グラフィックス)を使って読みやすくー

印 刷された雑誌とウェブページに違いはあっても、コミュニケーション上の決まり事は同じです。よく売れている新聞、雑誌を見て書き方や記事の分け方や見出 し、引用、余白、挿し絵などを研究して見て下さい。これらのテクニックはウェブページ上では、さらに重要になります。コンピュータの画面上で何かを読むと なると紙面よりもずっと読みにくいからです。ですから、なるべく短い段落に分け、興味をそそるような小見出しを付けて下さい。ウェブページでは、見やすく するために余白をたくさんとってください。Graham Pockettはこう言っています。"ウェブページを読みやすくするコツは、段落が縦長の長方形になるようにすることです。つまり、一行の長さより、列数 の長さのほうが長くなるようにするということです。画面いっぱいに広がっているより記事より、狭い欄に書かれている記事のほうが読みやすくはありません か?横幅が長いと、数行で段落を変えることになってしまい、見ずらくなってしまいます。"

" 不思議の国のアリス"がいっているように、"挿し絵と会話文のない本なんて価値がない"です。たくさんの著作権なしのグラフィックのCDやウェブページが たくさん出ていますから、利用しない手はありません。けれども、ダウンロードに時間がかかってしまうような大きな写真や、たくさんのグラフィックを載せる 事は避けてください。

4.2 文書を書くコツーガイド、参考文献&参考ウェブページ

新聞・雑誌では、記事の導入句として、"何時、何処で、誰が、何故、何をした"を書き読者の好奇心を煽ります。彼らは過去200年に渡る経験を通して、読者に興味を持たせ続ける方法を知っているのです。 福音を伝えるためにもこの方法を利用をしましょう。あなたが新聞や雑誌を読むとき、どのような方法が使われているか観察してみてください。

新 聞・雑誌では、記事の内容を要約して導入句、結末に書きますが、伝道的な記事や証を書くときは、結末を要約して導入句とはしない方が良いでしょう。導入句 は好奇心をそそるものにし、それと同時に"タネあかし"は避けてください。ジャーナリズムについての本や雑誌を読んで、プロのやり方を研究して見て下さ い。

参考文献(英語)

Jean M. Fredette (Editor): Writer's Digest Handbook of Magazine Article Writing (Writer's Digest Books出版)

Beverly Caru: Writing for the International Reader, and Getting Your Writing into Print

Rene Cappon: The Associated Press Guide to News Writing (Associated Press出版)

Rene Cappon: The Word Associated Press Guide to Good News Writing (Associated Press出版)

Donald Murray: Writing for your readers: Notes on the Writer's Craft from the Boston Globe

Marshall J. Cook: Leads & Conclusions (Elements of Article Writing) (Writer's Digest Books出版)

参考ウェブページ(英語)

Cyberjournalism インターネット上ジャーナリズムのリンク集

Kingdom:クリスチャン作家の交わり、作品評論、討論の場

Christian Writer's Fellowship International: クリスチャン作家のサークル

Inkspot: ジャンル別文章、市場情報、参考&リサーチ、作家のネットワーク、本、出版

Plain English Campaign: 簡潔な文章を書くことの奨励

4.3 与えることー読者が学び、彼らの人生に適用できるようなものをー

Beverley Carusoは、"作家が求める事は、読者が学び、そこから彼らの人生に適用できるようなものを書くこと。"と言う。これは、文章全体にちりばめられてい るべきで、最後に説教的な文句を取ってつけることではありません。伝道的なウェブページの内容としては、たった1ページで福音のすべてを語る必要はありま せんが、それぞれのページがひとつの目的に基づいて計画され、書かれたものであるべきです。"お持ち帰り"として、チャレンジを与えるようなメッセージを 織り込むのもいいでしょう。例として、

(ア) この時代はひどい有様だ。 (イ) 生きる目的って、他にないの? (ウ) この問題をどうにかするいい方法はないの? (エ) 聖書って、信頼できるものなの? (オ) シンシアの人生はすばらしく変わりました。あなたの人生も変わる?

けれども、読者は必ずしもわたしたちが願うものを"お持ち帰り"してくれるわけではありません。

" 最近、6歳になる娘のミアに日曜学校について聞いてみたところ、良きサマリア人について学んだと答えました。話を詳しく聞いてみると、筋書きをよく覚えて いるのです。 それで、「ミア、そのお話から何を学んだの?」と聞くと、「ひとつはねぇ、長いお散歩にいくときは大人の人と一緒に行く事。もうひとつは、 救急車をよばなくちゃいけないかもしれないから、電話をもちあるくこと!」" (A Joke A Day Ministries より抜粋)

4.4 見出し、小見出しー小見出しは、人目を引くような文句で、頻繁につけるー

見 出しは、読者の目がまず行くところでもあるので、とても重要です。例えば、そのページが証だったとします。もし、あなたが、"わたしがどのように救われた か"とか"あなたにはキリストが必要です"といった見出しを付けるならば、ほとんどの人は読まないでしょう。宗教を思わせるような見出しは付けないでくだ さい。証の中での人目を引くようなところ(例えば"車の事故に遭い救急車で運ばれた"とか"彼に一方的にさよならをいわれてしまった"など)を使ってみて はどうでしょうか?

記事の中で小見出しを人目を引くような文句で、頻繁につけてください。"私"を含んだ引用句はよく人目につきます。Jacob Nielsonは英語の見出し、小見出しの場合には大文字をさけるように薦めています。大文字は小文字に比べ読みづらいからです。

4.5 「副編集長」は宝物?-人の助けを借りようー

新聞社においての副編集長の役割をご存知でしょうか? 彼の仕事は記事を効果的に短くし、書き直し、読みやすく改訂するのです。もし、あなたがだれか新聞記 者や副編集長に知り合いがいれば、あなたの書いたものに目を通してもらいましょう。そのような機会がなければ、文書をよく取り扱うような仕事の人(文学を 教える先生や秘書など)に批評してもらって下さい。また、若い年代の人からの正直な感想も聞いてみてください。そして、短くし、書き直しなどの改訂を重ね てください。文法上の間違いや、入力ミスにも気を付けてください。何度も読み返して、改善してください。チェックする時はキリスト教について何も知らない 読者の立場で見てください。

参考文献&ウェブページ(英語)

Winning Words for Web Sites by Brian Holley: Web記事を書くときのコツ

4.6 リスのように・・・ -ウェブページ作成に必要そうなものは、何でも集めるー

新 聞、雑誌の切り抜き、名言、証などウェブページ作成に必要そうな物は、何でも集めてください。使えそうな情報を書き留めておくノートを用意して見聞きした 事、アイデア、(検索の為の)キーワードなどを事あるたびに記録しておきましょう。いつか役に立つ日がきます。いろんな分野の本を、クリスチャンの本に限 らず、読んで見てください。役立つ資料は以外なところにあるものです。著作権のことも念頭に置いておくようにしてください。

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良くある質問と答え

  • 日曜日は、イエス・キリストの復活を記念する日です。その日に教会は礼拝を行ってきました。そのキリスト教が社会の中心となっていったことによって、紀元 4世紀に、ローマ帝国で、日曜日を休日とすることが定められたのです。日曜日が休日だから礼拝をしているのではありません。教会がキリストの復活を記念し て日曜日に礼拝をしていたから、日曜日は休日になったのです。
  • 「キリストのからだとは、教会のことです」(コロサイ1:25) とありますように、教会はからだにたとえられます。では教会の姿を次の聖句を読んで考えてみましょう。

    12:14 確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。12:15 たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。12:16 たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。12:17 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。12:18 しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。12:19 もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。12:20 しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。12:21 そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともでき ません。12:22 それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。12:23 また、私たちは、からだの中で比較的に尊くないとみなす器官を、ことさらに尊びます。こうして、私たちの見ばえのしない器官は、ことさらに良いかっこうに なりますが、12:24 かっこうの良い器官にはその必要がありません。しかし神は、劣ったところをことさらに尊んで、からだをこのように調和させてくださったのです。12:25 それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。12:26 もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。12:27 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(1コリント12:14-27)この聖句は人間のからだにたとえて教会の姿を言い 表しています。

    つまり、教会員のひとりひとりが重要な器官の役目を果たしており、どんなに小さな役目であっても、教会には必要な役目なの です。世の中では、偉い人や重要なポストに就いている人を重視します。しかし、「それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなく てはならないものなのです」 と書かれてあるように、教会においては重要でないと思われる人こそ必要なのです。そして、キリストのからだは、キリストにあって、同じ考え方、同じ心の持 ち方、同じ態度を持っているのです。さらに、重要な事は「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての 部分がともに喜ぶのです」と書かれているように、苦しみと喜びを分かち合う人々の集まりだという事です。これは、イエス自身によって次の様に教えられまし た。

    13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合い なさい。13:35 もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」(ヨハネ 13:34-35)

    イエスの愛が教会の人々の中に宿ります。 それゆえにクリスチャンはイエスが愛したように愛しなさいという命令を受けるのです。お互いに愛するとは、お互いに「深い同情心、慈愛、慈愛、謙遜、柔 和、寛容を身に着け、互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合い、主が赦してくださったように、赦しあう」ことです (コロサイ3:12-13)
  • Q. 神はどんな方?どうやって知ることが出来る?

    A. ほんとうの神は、人間が木や石で作ったものではありません。人格を持たれる生きた方です。聖書は、まことの神は
    (1)天地万物の創造者
    (2)目に見えない霊なる存在者
    (3)罪を憎まれる聖い神
    (4)愛なる神
    であると語っています。この神が、罪人である私たちを罪から救い出し、永遠のいのちと豊かな人生を与えるために、イエス・キリストを十字架につけて私たちの救いの道をつくってくださったのです。
    誰でも、自分の罪を告白して悔い改め、イエス・キリストを救い主として信じるなら、この神のゆるしと限りない素晴らしい永遠の愛を受けとることが出来ます。
    神を知る道は、聖書のみことばと心からのキリストへの信仰です。神を知るための修行や訓練、功績は必要ありません。
  • Q 妻も私も引退の年に近づいています。私たちは経済的には大変祝福されてきました。いくつかの大きな会社とかなりの不動産を三人の子どもたちに残すことにな ります。多額の財産を次世代に残すことについてはどうお考えになりますか。気をつけるべき点は何でしょうか。

    A この話についての私の意見は、耳ざわりかも知れませんが、自分が観察したところと私が固く信じるところを申し上げる以外にありません。端的に言って、労さずに大金を手にすることはとても危険なことです。

    「裕 福な子供たち」と題した社会学上の研究結果がしばらく前に発表されましたが、私の懸念を裏書きするものでした。著者たちは、「多額の信託財産は通常相続者 の破滅の元である」という結論を得ました。引用された事例は説得力のあるものでした。人類史もお金の危険について証しています。男も女も金をむさぼり、殺 人を犯し、命を落としまた「永遠の命」を失いました。お金は友情を引き裂き、おごる者や力ある者は倒れました。そして数え切れぬ家庭が無残に崩壊しまし た。

    またお金ほど兄弟の仲を引き裂くものもありません。莫大な財産を相続することにより家族の中に緊張と不調和が生まれる確率は高まります。お子さんたちはあなたが残された会社をめぐって争い、決定権を委ねられた人を恨むでしょう。

    責 任ある生活をする意欲を失い、お酒やギャンブルなどの中毒症状に陥る人も出ます。このような否定的結果にはもちろん例外もあり、富と権力を上手に取り扱う 人々もいます。しかし、これはよく行っても困難な仕事で、最高度の成熟と自制心とが要求されます。「私が子孫に残す多大な財産は、愛する者たちに及ぼす危 険に見合っているだろうか」と自問すべきです。

    あなたご自身が成功するために勤勉に働き、節約し、貯蓄し、築き、額に汗して生産に従事したという 苦労を、お子さん方には味わわせたくないのかどうかをまず決めなければなりません。彼らが自分を鍛練し勤勉に働くという必要を感じず、出来合いの事業を引 き継いでその処置を誤り、乱費してしまうとしたらどうでしょう。

    私の見解が人気のあるものではないことは承知しています。人々が懸命に働く理由の 一つは、子どもたちに苦労させたくないからです。子どもを愛する余り、安楽な人生を歩ませようとします。それに、一生をつぎ込んで発展させたビジネスと築 いた富を売り飛ばして自分は消え去るというのは、どんな親にとっても愉快な選択ではないでしょう。もちろん、自分の財産をどうするかは、親が自分で決めね ばなりません。私にできるのは、ただ自分の見た通りの事実をお知らせすることです。

    私の経験では、富の相続は家族関係、自制心、信仰心また責任ある社会人としての生き方を危うくする傾向があるということです。もし相続させるなら十分に注意をし、何年もかけて準備し、祈り深くなすべきです。

    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A