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ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、8,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

「今日もバイブルしましょう!」のサイトは、http://www.bible-today.com/ です。

電道(E-vangelism)

人が来たくなるホームページ作り

投稿者: Administrator on . Posted in 電道 E-vangelism

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星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

音楽、映画、ラジオ、TV

歌 手は、歌詞を通して人々に疑問を投げかけたり、人との関係、神のことなどを伝えたり、何かに対する答えを提案したり事ができます。もし、あなたが、はやり の歌手に関するウェブページを作成するなら、情報のみに留まらず、その歌手についての賞賛、批評(批判的なものは避けてください)も含めてください。

最 新映画情報もインターネット上で求められています。人間の本質や状況、道徳的な選択、結末などについて討論の場とし、読者に疑問を投げかけるようにして締 めくくると良いでしょう。雑誌のような形式で、役者達のプロフィールを取り入れて作成してみてください。例として、Dave Bruceの作成したウェブ ページ、"Hollywood Jesus"は、人生の答えを求めている人たちから、過去13ヶ月で1700万人のアクセスがありました。実際、彼は読者からのEmailをほかの(未信者と激突することなく、対話のできるような)クリスチャンの助けを借りて何とか応対しているそうです。

テレビ番組もまた、コメントや批評の対象となります。(この分野に興味のある方は、英語ですがReel Issues: Engaging Film and Faith, Ian Maher著 Bible Society発行ISBN: 0564041262を参考にしてみてください。)

参考(日本語)

好きな映画の批評

参考ウェブページ(英語)

Christian Critic クリスチャンのリーダー達のため、最近の映画と聖書を対比し、類似点を引き出している

短編小説(ショートストーリー)

短 編小説はお好きですか?たくさんの人がインターネットで短編小説を検索していると言う事をご存知でしょうか?私たちは短編小説を集めたインターネット上で の"図書館"を作っています。福音的なメッセージを含んでいるもの、考えされられるもの、ただのいい話といったものの集まりです。私たちの願いは、読者が 短編小説を検索するとき、私たちの作った小さな図書館を見つけ、訪れてくれることです。詩歌などを集めてみるのもいいかもしれません。

カード

インターネット上でいろんな種類のカードをEmailを通して送るサービスを提供します。カードを表示するウェブページに大元のあなたのウェブページにリンクできるようにしておくと良いでしょう。

参考(日本語)

グリーティングカ―ド(Nifty)

参考ウェブページ(英語)

123 Greetings

弁証論

未 信者むけのクリスチャン弁証論のウェブページはわずかしかありません。すべての人が深く考えて、疑問をもっているわけではありません。学生や知識人たち は、理知的に満足いくような答えが与えられた時のほうが信仰に入りやすいのです。このようなウェブページは、掲示板的要素を取り込んで、いろんな意見が交 わされるようにすると良いでしょう。(弁証論については、"伝道"も、ご参照ください。)

有名人のプロフィール

特定の有名人の略歴を調べ、賛辞などを含めたウェブページ。その人の人生観を思わせる言葉を取り上げ、そこから伝道的なものへと導いてゆく。

子供向けのページ

子供向けの伝道的なウェブページは専門家の分野です。漫画は子供に大きな影響力があります。

参考(日本語)

オセロゲーム

参考ウェブページ(英語)

FunBrain 楽しく物事を学ぶ

RugRat's Fun Room お話、音楽、ユーモアなど

Four Spiritual Laws 子供版四つの法則

十代の少年/少女向け

彼らを対象にした悪影響のないウェブページが求められています。彼らのスタイルと興味にあっているものが必要なのです。いくつかのクリスチャンの団体が既にインターネット上で活動していますが、まだまだ十分でないのです。

参考ウェブページ(英語)

Teen Mag 十代向け雑誌のウェブページ。世俗的

子供がインターネットに関わることについての問題点

英語:

Kidshield 子供を守るソフトウェア、子供向けウェブページリンク集、など

健康上の問題

もしかしたら、あなたは(身体、精神)健康上、大変なところを通ってきたかもしれません。その経験を生かし、今現在、あなたのいたような状況にいる人に、実 際的なアドバイスや励ましを与えることをお薦めします。宗教的な書き出しは避け、神さまがどのように、その苦難を乗り越える鍵を下さったかを後の方に書い てください。もちろん、あなたの障害や病気について書く必要はありませんが、たくさんの病床にいるクリスチャン達は、その時間を有効にインターネット上の ミニストリーに費やしているのです。

わたしたちの悩み相談のページには、たくさんの傷ついた人たちが答えを求めてアクセスしてきます。まず、常識的な答えをいたわりをもって書き送り、少しづつ霊的な方へと向きを変えていきます。

参考(日本語)

知的障害、てんかん

重度身体障害者クリスチャンのページ

障害を持って生まれた'帆奈'のホームページ

参考ウェブページ(英語)

Annie 長期疾患者のため

Season of Peace 死に直面するには

Lemon into lemonade 糖尿病の情報

Post-Polio Syndrome Resources 小児麻痺の後遺症、障害に関する法律、詩、音楽、リンク集

ユーモア

ユーモアやジョークはインターネット上で莫大な需要があります。もし、あなたが漫画家なら、漫画を使って、人生、神、真実、などについて表現したページを作ることをお薦めします。すばらしいユーモアは真実を人々の心に植え付けることができます。

参考ウェブページ(英語)

Humour Page ジョーク、1コマ漫画、リンク集

芸 術

漫画を通してできるように、芸術作品を通して真実を伝えることもできます。

参考ウェブページ(英語)

Ken Duncan's 美しい風景:カントリー、海、滝、街、森、熱帯雨林、湖・川、人

ウェブページの分類(Paul Siegelによる)

1. 参照ページ・・・検索エンジン、ディレクトリ 2. 情報ページ・・・役立つ情報を提供する 3. ヘルプページ・・・アドバイス、問題解決策を提供 4. ツール提供ページ・・・問題解決策を提供し、自分で問題解決を図らせる 5. ボランティアページ・・・読者に他の人の手助けを呼びかける

ゲーム

パ ズル、自分で得点がつけられるクイズなどは楽しいオプションです。ゲームをつけると、魅力的なウェブページになります。ゲーム中に福音的なメッセージを織 り込むのも得策です。アメリカで人気のあるMystやRivenなどのゲームの製作者はクリスチャンです。それらのゲームには、クリスチャンの人生観が根 底に流れていて、善悪の判断などが要されてきます。

参考(日本語)

オンラインゲーム集(ZDNet)

サウンド/ビデオ・クリップ

ウェブページに音声や動画をつけることもできます。長いものよりも、短い伝道的なものを付けると効果的でしょう。

その他

参考(日本語)

YouTube.com

あなたのウェブページに読者が投稿できるオプションを付けてみてはいかがでしょうか?技術的な知識が少々要りますが、VantageNetのシステムを使う事もできます。

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良くある質問と答え

  • 聖餐は洗礼を受けたクリスチャンが、イエス・キリストが私たちの救いのために肉を裂き、血を流して死んで下さったことを記念し、その体と血とをあらわすパ ンと杯にあずかる儀式です。礼拝の中でそれが行われます。礼拝において、説教を聴き、聖餐にあずかることによって、今も生きて共にいて下さるイエス・キリ ストと共に生きるのがクリスチャンの生活です。
  • 家族Q 博士の中絶に対する考えは極端だという人たちがいます。近親相姦やレイプや生まれてくる子が障害児である時でさえ、中絶は許されないと言われるからです。そういう立場を取られる理由は何ですか。

    A  文字どおり母親の命がかかっているという稀な場合にのみ、人間は発達過程にある胎児の命を奪う権威を持つと私は思います。

    その理由は、次の単純な質問に基づいています。「母親の子宮にいる赤ちゃんと、産道を30センチばかり下りた赤ちゃんとどんな基本的違いがあるのでしょう。」もしあるなら、それは何でしょう。人の誕生のどの時点で、神は子供を人間であると宣言されるのでしょう。

    赤ちゃんが母体から離れることには、単なる原形質から永遠の魂を持った人間への変化を説明する、何か特別神秘的なものがあるのでしょうか。私はないと思います。子宮内の赤ちゃんも、数分後にこの世に生まれる赤ちゃんも、確かに神様は同じ愛をもってご覧になるのです。
    両者の唯一の違いは、人の目に見えるか見えないかです。

    こ の前提を受け入れるなら、産前であれ産後であれ、子どもを殺すことは同じように人の道に反します。肉体上の問題、知的な障害、また妊娠の理由はこの際関係 がありません。思いがけない障害をもって生まれた子をその場で殺すようにとは、中絶賛成派の急先峰であっても言いません。
    実際に、人並みの知的能力を持たないであろう新生児や、数週間しか生きられないであろう新生児を殺したら、当局から殺人の責任を問われます。子どもの状況がどれほど厳しくても、私たちには自然の流れに任せるという道徳的また法律的責任があります。

    同じように、私たちは、レイプや近親相姦による妊娠だったからと言って、たった昨日生まれたばかりの子を殺すことはしません。一旦生まれたなら、ことさらに命を奪うことは考えられないことです。
    そ れならば、母の子宮にいるからといって、なぜ「標的」にされるのでしょう。確かに、法律は生まれていない子と生まれた子とに違った立場を認めますが、その 場合は法律が悪いのです。このような区別をするべき生物学的、また道徳的な理由はありません。私たちがまだ会っていない小さな犠牲者の死ぬ過程を見なくて すむ時にのみ、胎児の虐殺は受け入れられるべきかに見えるだけなのです。

    ですから、欠陥があったり障害を持つ子どもの命を断つべきだとい う議論のすべては、以上の理解に照らして検討されなければなりません。「どっちみち死ぬんだから。」「生かしておいても本人が苦しむだけだ。」「親が苦し むだけだ。」「真っ当な人生を送る見込みは、まずない。」「関係者みなにとって、これがベストの選択だ。」など様々な言い分がありますが、この世に生を受 けた赤ちゃんに適用しようとすると、こういう言い訳が間違っていることは明らかです。

    新生児にシアン化合物を与えるべき正当な理由はありません。しかし、その数時間前、妊婦の陣痛がまだ始まっていない時なら、その同じ欠陥のある胎児、または誤って妊娠に至った胎児をばらばらにしてもかまわないと考える人たちがいます。

    私 は、その主張は断固として誤りだと思います。こういう見解は、哲学的また神学的に述べることは易しくても、実際問題として直面させられる親にとっては別問 題だということは分かります。特に気にかかるのは、レイプによる子を妊娠している女性です。言語に絶するうめきと苦しみとがあるでしょう。
    しか し、そのような母親でも、もし無事出産し、自分で育てるか養子に出したならば、決してその決断を後悔することがないことを私は確信します。生まれていない 子どもにとって正しく道徳的なことは、両親にとっても結局はベストなのです。私の意見に反感を覚えるする人はいるでしょうが、これは私が信じていることで す。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • 子育てQ. 博士ご自身、父親としての最大のチャレンジは何でしたか。また、そこから何を学ばれましたか。

    A. 子どもの健康を保ち、教育を受けさせ、自分のことを自分でできるようにさせ、神と人とを愛するように育てることは、人生で最大のチャレンジだと思います。 その複雑さと予測できないことが多いことは、宇宙飛行の技術以上のものがあると思います。そして、クリスチャンの親が家庭で教えようとしていることと、 ちょうど反対のことを社会が教えてしまうような時代には、親の仕事はいっそう困難です。私たちは決して完全な父また母であることを求められているわけでは ありません。私たちの過ちや失敗にもかかわらず、子どもたちは普通は善良な大人に育つのであり、親に自慢する権利はありません。
    もちろん私も父親として失敗をしました。同世代の多くのお父さん方と同様、私も仕事のプレッシャーと家族の必要とのバランスを取るのに苦労しました。私が家にいなかったわけではありませんが、その時間を十分取ることは大変でした。
    私 の最初の著書「思いきってしつけましょう」が出版されたのと、第二子ライアンが与えられたのは、たまたま同じ週でした。赤ちゃんのおかげで家中がてんてこ まいになるのは普通ですが、拙著に対する反響がそれに輪をかけました。当時私は、医学部の専任教授でしたが、何千通もの手紙とありとあらゆる種類のリクエ ストが洪水のように押し寄せました。突然の反響をどう処理したら良いか途方に暮れました。ある時など、木曜日の夜にニューヨークに飛び、三日間で17のテ レビ番組と記者会見をこなし、翌週の月曜の朝に帰宅したことを思い出します。目が回るような日々でした。私にとって、いつも暗闇の中の灯台のような役目を してくれていた父は、私の事情を知って手紙をくれましたが、それが大きなきっかけになりました。
    まず、父は私の成功を祝福してくれた後で、「この世でのどれ程の成功も、家庭での失敗を埋め合わせることはできないよ。」と警告してくれました。
    子 どもたちの精神面の幸せが私の最大の責任であり、子どもたちの信仰を築き上げるただひとつの方法は、信仰生活を目で見せ、あとはひざを折って祈ることであ るということを父は思い起こさせてくれました。私が持てるエネルギーを全て仕事に注いでいたとしたら、それはとてもできないことでした。
    父の貴重なアドバイスを決して忘れたことはありません。結局、私は大学の職を退き、現在のミニストリーを始めるように導かれ、自宅にいる時間を確保できるようになりました。
    ラジオ放送を始めて、講演依頼を引き受けることをあえてやめましたので、出歩くことが減りました。拙著の販売促進のための旅行や、その他長期間家族の顔を見られなくなる種類の責任を引き受けないようにしました。
    あの時代のことを思い起こすと、子どもたちとの関わりを優先する決断をしてよかったと思います。今、息子や娘とよい関係を持っているのは、彼らが父親を必要としていたあの時期に私が家族のための時間を作ったからだったと思うのです。
    こ の回答を読んでいるお父さんの中には、あの頃の私のような立場にいる方々が多くいらっしゃるでしょう。もしあなたがその一人であるなら、ぜひ家族を第一に していただきたいと申し上げたいのです。今あなたの足元にまといつくお子さんたちは、あっという間に大きくなってしまいます。今のチャンスをみすみす逃さ ないでください。
    その代価はどんな仕事の業績や成功にも代えられません。あなたが私の年齢になった時には、家族との関わりに勝るものは人生にないことを実感なさることでしょう。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A
  • 日曜日は、イエス・キリストの復活を記念する日です。その日に教会は礼拝を行ってきました。そのキリスト教が社会の中心となっていったことによって、紀元 4世紀に、ローマ帝国で、日曜日を休日とすることが定められたのです。日曜日が休日だから礼拝をしているのではありません。教会がキリストの復活を記念し て日曜日に礼拝をしていたから、日曜日は休日になったのです。