注目ニュース

ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、9,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

「今日もバイブルしましょう!」のサイトは、http://www.bible-today.com/ です。

電道(E-vangelism)

電道:フォローアップ

投稿者: Administrator on . Posted in 電道 E-vangelism

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

 

1. フォローアップ

・助けの手を差し出す

ウェ ブページにあなたの言いたい事のすべてを載せるのは不可能でしょう。もちろん、あなたのウェブページの補足として他の既存ページへリンクを付けることもで きます。あなたのEmailアドレスをページに記載し、読者があなたのウェブページに関する感想、意見、質問を寄せたり、助けを求めたりする機会を与えて ください。

あなたの作成したウェブページにEmailで助けやアドバイスを求めて来た場合、すぐに返事を だすことができるように、ボランティアのチーム(退役した宣教師または牧師など)を必要に応じて集めるなど、対策を練っておいてください。仕事が増加して きた時には、ある程度の仕事と責任を他のメンバーにも任せましょう。モーセの舅が彼にアドバイスしたように(出エジプト記18:13~26)、重荷を分担 しましょう。もし、あなたがEmailアドレスをページに記載しない場合は、Emailで助けやアドバイスを求めることのできる他のウェブページへのリン クをつけてください。

カウンセリング

限ら れた接触のEmailカウンセリングよりも面と向かったカウンセリングの方がいろんな面で優れていますが、多くの人はEmailカウンセリングを通して抱 えている問題を相談するほうが良いとしています。(ここで言っているEmailカウンセリングというのは、聞く耳を持ち、筋の通った実際的なアドバイス を、クリスチャンの物の見方も踏まえて、与える事です。精神分析、精神的な治療を与える事ではありません。)

最 近、私達にEmailしてきた女性は、カウンセラーと面と向かって話すことや、電話で人生相談サービスを受けることができそうもないので、Emailカウ ンセリングを受けたいとのことでした。一度、Emailでアドバイスを求めてきた人はその後も二度、三度とアドバイスを求めてきます。クリスチャンによる Emailカウンセリング、ウェブページ上のカウンセリングが必要とされでいるです。

もし、あなたがカウンセラーの資格を持っているなら、インターネット上でもその能力を活かしてください。多くの人たちが助けを求めているのです。自分のウェブページ上で、または既存のインターネット上のミニストリーに参加するなどしてあなたの助けを提供してください。

もし、あなたが他の宗教について書くとき、侮辱や誤解を招くような書き方は避けてください。ユダヤ教徒には、"God"より、"G-d"とし、イスラム教徒には、"Jesus Christ"よりも"Isa Masih'"と書くことをお薦めします。

回復に向けて

深 刻な依存症を抱えている人たちには、12段階の回復プログラムに参加するよう、呼びかけてください。聖書の教えに基づいたもので、クリスチャン的に取り扱 われなくても、効果的な回復プログラムです。クリスチャンがアドバイス、祈り、意思の力によって開放へ導かれない場合にも効果的です。たくさんのクリス チャンは、アルコール依存症にしか適応しないとして、聖書の教えに基づいていることや、その効果を見過ごしているのです。もし、あなたが依存症で苦しんで いる人たちの手助けをしたいと思うなら、12段階の回復プログラムについて、まず理解を深めてください。

クリスチャンになったばかりの人のフォローアップ

地 球の裏側にいる人があなたのウェブページを通してクリスチャンになったとしたら、どうやってフォローアップしますか?簡単なことではないと思います。ここ に幾つかのクリスチャンになったばかりの人向けの良いウェブページを紹介しておきます。(下の参考文献&ウェブページに記載しました。)また、Email での励ましや、弟子訓練も必要でしょう。毎日のデボーション的なEmail Listもあります。もし、あなたがその人の近くにある教会を探す必要がある場合、インターネット上のいろんな国々の教会ディレクトリを利用すると良いで しょう。AVITWという伝道グループは、ウェブ上に初心者向けの聖書研究を設け、成功を収めています。誰でも質問し、またその質問に対しての討論もでき るような設定でたくさんの人が参加しています。

・ 読者の質問に対する答えに関するもの

参考(日本語)

聖書、キリスト、救い、教会についてのQ&A

エホバの証人問題を特に取り上げている

参考文献&ウェブページ(英語)

Intellectual material on 'Does God exist?'(神学・哲学的討論、記事)

・ 弁証論を専門に扱うウェブページ

日本語

Casey's Reasons why he stayed on as a Christian

参考(英語)

Christian Apologetics and Research Ministry(未信者のよくする質問に関する答えの提案)

Stand to Reason(原罪、他の宗教との比較、歴史的な確かさ、など)

LeaderU(弁証論の小論文を提供)

Xenos(弁証論関連の小論文)

Apologetics Index(弁証論のインデックス)

BreakPoint(クリスチャンの人生観) Why Believe? Reason and Mystery As Pointers to God Stephen Evans著, Eerdmans and IVP発行

・ カウンセリング

参考(日本語)

クリスチャンと一般を分けたカウンセリング(ディープ・ヒーリング・ミニストリーズ

参考(英語)

Christians in Recovery(回復への道を提供)

Christian Recovery International(回復のためのツールを提供)

Christian counseling and help page listing(カウンセリングのリンク集)

 

・依存症を抱えている人たち向けの12段階の回復プログラムについて

参考(日本語)


参考(英語)

Dick B's spiritual roots of Al-Anon(アルコール依存症)

Twelve Steps to a New Beginning, Shoemaker,Minirth,Fowler,Newman,Carder著, Thomas Nelson発行, ISBN 0-8407-7697-7 Tree of Renewed Life Terry Webb著, Theodosian Ministries発行, ISBN 0-8245-1140-9

・クリスチャンになったばかりの人のフォローアップ

参考(日本語)考(日本語)

霊的成長のために

クリスチャンTV・霊的な成長のために

参考(英語)

New Christian Life(福音の説明、フォローアップなど)

Continuing your Journey of Joy(キャンパス・クルセードによるフォローアップ)

Anchor your Life(クリスチャンになったばかりの人へのフォローアップ)

Faith Start(霊的成長、伝道リンク集)

 

・Emailをウェブページにつける

よくウェブページを作成者は、読者がオンライン中に作成者にEmailを送ることができるように、"Mailto Form*注"を付けます。けれども、すべてのオンライン上の読者がそのオプションを使用できるとは限らないのです。セットアップが正しく設定されていな い(または、その事に気がついていない)人が、Emailをウェブ上で送ったつもりでいても、実際届いていないのです。Email関連のブラウザの設定は 簡単なものではないのです。

ですから、ウェブページに直接(cgi script などのちょっとしたプログラム言語を使用し)読者がオンラインでメッセージを送る事のできるEmailページを設けてください。このcgi scriptがあなたのウェブページのサーバーにインストールされていない場合は、以下を利用してみてください。

参考(日本語)


参考(英語)

Free Form(無料でEmail Formを提供。情報をウェブページ上で書きこむだけ。)

Bravenet(無料でEmail Formを提供。カスタマイズ可。メンバー登録必要。)

More: (その他のEmail Form)

 

*注Mailto Form・・・読者の既存のEmailソフトを立ち上げ、ウェブページ作成者にメッセージを送る設定をする

スポンサーサイト:

良くある質問と答え

  • 子育てQ 親が性教育をしようとするとき一番助けになるのは何でしょう。

    A.  結婚前の純潔と生涯続く互いへの忠誠の大切さを強く信じるキリスト教会こそが、同じ信念を分かち合う親たちの助けになるべきです。

    こ のような倫理観の歪んだ時代に、伝統的な道徳を見い出せるところは他にありません。キリスト教会の持っている信仰を最もよく体現しているのは教会そのもの です。今日のように聖書的道徳が攻撃されて、この働きを担おうとする教会が少ないことは残念です。一部の私立校では親の望むような性教育の助けが与えられ ます。
    しかし、そこでも時に全く無視されたり、不適当な扱いをされることがあります。それで必要な情報を与えるために公立校などでは不幸なことに親の意思に反する、行き過ぎた「性教育」が、時には幼稚園からなされることがあります。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

  • 子育てQ どのようにしたら他人種、他民族に対する健全でオープンな態度を子どもたちに持たせることができるでしょうか?

    A.  子どもを教えるのに親の模範に優るものはありません。

    ある人が言いました。「子どもがたどる足跡は、親がもう消してしまったと思っている足跡だ。」と。よく言ったものですね。子どもたちは我々親を良く見ており、本能的に我々の行いを真似るのです。

    ですから、私たちが心狭く、差別をしていながら、子どもたちには「みんなと仲良くしなさい。」とは言えません。
    同じ様に,私たちが家でも外でも礼儀をないがしろにし、感謝を表さないでいて、子どもたちに「感謝を表せ」と言っても無理というものです。
    都合の悪い人から電話がかかってきた時に、「パパはいないって言いなさい」と子どもに教えているなら、正直な子どもを育てることはできないでしょう。

    こういうことについて、子どもたちは大人の言行不一致にすぐ気がつきます。そして、得てして子どもは我々の空しいお題目より、行ないの方に習ってしまうのです。


    FROM ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • 家族Q 博士の中絶に対する考えは極端だという人たちがいます。近親相姦やレイプや生まれてくる子が障害児である時でさえ、中絶は許されないと言われるからです。そういう立場を取られる理由は何ですか。

    A  文字どおり母親の命がかかっているという稀な場合にのみ、人間は発達過程にある胎児の命を奪う権威を持つと私は思います。

    その理由は、次の単純な質問に基づいています。「母親の子宮にいる赤ちゃんと、産道を30センチばかり下りた赤ちゃんとどんな基本的違いがあるのでしょう。」もしあるなら、それは何でしょう。人の誕生のどの時点で、神は子供を人間であると宣言されるのでしょう。

    赤ちゃんが母体から離れることには、単なる原形質から永遠の魂を持った人間への変化を説明する、何か特別神秘的なものがあるのでしょうか。私はないと思います。子宮内の赤ちゃんも、数分後にこの世に生まれる赤ちゃんも、確かに神様は同じ愛をもってご覧になるのです。
    両者の唯一の違いは、人の目に見えるか見えないかです。

    こ の前提を受け入れるなら、産前であれ産後であれ、子どもを殺すことは同じように人の道に反します。肉体上の問題、知的な障害、また妊娠の理由はこの際関係 がありません。思いがけない障害をもって生まれた子をその場で殺すようにとは、中絶賛成派の急先峰であっても言いません。
    実際に、人並みの知的能力を持たないであろう新生児や、数週間しか生きられないであろう新生児を殺したら、当局から殺人の責任を問われます。子どもの状況がどれほど厳しくても、私たちには自然の流れに任せるという道徳的また法律的責任があります。

    同じように、私たちは、レイプや近親相姦による妊娠だったからと言って、たった昨日生まれたばかりの子を殺すことはしません。一旦生まれたなら、ことさらに命を奪うことは考えられないことです。
    そ れならば、母の子宮にいるからといって、なぜ「標的」にされるのでしょう。確かに、法律は生まれていない子と生まれた子とに違った立場を認めますが、その 場合は法律が悪いのです。このような区別をするべき生物学的、また道徳的な理由はありません。私たちがまだ会っていない小さな犠牲者の死ぬ過程を見なくて すむ時にのみ、胎児の虐殺は受け入れられるべきかに見えるだけなのです。

    ですから、欠陥があったり障害を持つ子どもの命を断つべきだとい う議論のすべては、以上の理解に照らして検討されなければなりません。「どっちみち死ぬんだから。」「生かしておいても本人が苦しむだけだ。」「親が苦し むだけだ。」「真っ当な人生を送る見込みは、まずない。」「関係者みなにとって、これがベストの選択だ。」など様々な言い分がありますが、この世に生を受 けた赤ちゃんに適用しようとすると、こういう言い訳が間違っていることは明らかです。

    新生児にシアン化合物を与えるべき正当な理由はありません。しかし、その数時間前、妊婦の陣痛がまだ始まっていない時なら、その同じ欠陥のある胎児、または誤って妊娠に至った胎児をばらばらにしてもかまわないと考える人たちがいます。

    私 は、その主張は断固として誤りだと思います。こういう見解は、哲学的また神学的に述べることは易しくても、実際問題として直面させられる親にとっては別問 題だということは分かります。特に気にかかるのは、レイプによる子を妊娠している女性です。言語に絶するうめきと苦しみとがあるでしょう。
    しか し、そのような母親でも、もし無事出産し、自分で育てるか養子に出したならば、決してその決断を後悔することがないことを私は確信します。生まれていない 子どもにとって正しく道徳的なことは、両親にとっても結局はベストなのです。私の意見に反感を覚えるする人はいるでしょうが、これは私が信じていることで す。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

  • Q. 家内安全や商売繁盛を願う宗教はご利益宗教なのであって、キリスト教はそういうものとは違う、と聞いたことがあります。それでは、自分の幸せを願うことはいけないことなのでしょうか。(四十代、主婦)

    A.  家庭を持ち、大切な子供を育てる責任を持つ親として、健康や経済的安定を願うことは、自然なことであり、当然とも言えます。おそらく、自分の幸せを願わない人などいないとすら言えます。キリスト教はこれらを否定するのでしょうか。

    ◇ キリスト教はご利益宗教?

    キリスト教は聖書のメッセージを土台としていますので、聖書が何といっているかが答えとなります。ところがその聖書は、一方では「自分の命を救おうと思う 者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう」(マタイ 十六・二十五)とあり、自己否定の道が示されております。しかし他方では「祈のとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」(マタイ二十一・二十 二)ともあります。
    これらのみ言葉は矛盾するように見えますが、どちらも最終的には幸せが与えられるという点で、重なるところがあります。聖書 はある意味で本当の幸せがどこにあるかを伝える書物です。ある敬虔な牧師は、「キリスト教は、究極的には真の意味でのご利益宗教だ」と言いましたが、わた しも同感です。しかし、一般的に考えられているご利益宗教とは、多くの点で異なります。

    ◇ ご利益信仰と人格的信仰

    信 仰者の在り方という側面から比較してみましょう。いわゆるご利益宗教においては、世界の中心に自分がいます。自分にとっての利益を願い、良いと思えない 病、貧困、災害等を避けることを願います。ご利益があるならどの神でも構いません。しかし、聖書は自分を中心とした信仰の在り方そのものに疑問を投げか け、さらに警鐘を鳴らしています。ご利益信仰に潜むこの自己中心性そのものが、実は大きな不幸の第一歩なのです。
    それに対して聖書で伝えられて いる信仰の在り方はよく「人格的信仰」と呼ばれます。それは自分ではなく神を中心としていくことであり、神との人格的信頼関係を人生の軸としていくことな のです。病気や貧困などから守られることも祈ると同時に、そういった苦難を神からの訓練として、受けとめることを学びます。神中心とは自分の利益のために 神を利用するという生き方との決別をいみしています。

    ◇ 真の幸せはどこに?

    幸せを求めることは人間として自然なこと です。しかし、何が本当の幸せなのか、また人生から幸せを奪うものが何か知らないゆえ、多くの人は表面的には豊かになった社会のなかでもがいているので す。ヒルティーは「私は病気で幸福な人をたくさん見てきた。私は貧しくて幸福な人もたくさん見てきた。しかし心が罪で腐っていて幸福な人には会ったことが ない」と言いました。聖書は、罪こそ幸せを奪うものであると教えています。罪とは、神ではなく自分を中心として生きて行くその在り方(Being) を指し、罪の行ない (Doing) はその結果なのです。すなわち、罪を犯すから罪人なのではなく、罪人だから罪を犯すのです。ご利益信仰そのものの内に潜む罪こそ幸せを奪うものなのです。

    何が幸せなのかは人間には分かりません。これが私の幸せだと思ってつかんだとしてもその瞬間に空しく消えていきます。真の幸せは追い求めて掴むものではなく、神の前に罪を悔い改めへり下る時、神がそっと与えて下さるものなのです。


    OMSウエストロサンゼルスホーリネス教会のQ&Aから