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ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、8,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

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ゴスペルハウスのご紹介 About Gospel House

ゴスペルハウスをご紹介します。

ゴスペルハウス更別(Vision House)の地図

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ゴスペルハウス浦幌の地図

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ゴスペルハウス幕別札内

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ゴスペルハウス幕別札内は、移動式の集会形式に変更しました。

この場所の代わりに、音更町で毎月第2水曜日午後1時30分に「からしだねの会」(聖書の学び会)、第4水曜日午後1時30分に礼拝を行っております。

連絡先:

〒089-5601
北海道十勝郡浦幌町宝町53-41
電話: 015-576-2929
牧師: アブラハム・リー

ゴスペルハウスについて

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ゴスペルハウスの今までのあゆみ

ゴスペルハウスの始まり

ゴスペルハウスは、2002年4月北海道中川郡幕別町札内で、幕別町でははじめてのクリスチャン教会としてスタートしました。当時、すでに開拓が始められた帯広東にある札内キリスト教会という教会がここに移り、同時に教会の名前もゴスペルハウスに変更されました。

現在、ゴスペルハウスは、十勝郡浦幌町にも毎週チャペルを行っています。

札内キリスト教会の開始式

札内キリスト教会は、1999年11月12日に開始式を持って帯広東7条南3丁目で始まりました。宣教師訓練センター(MTC)の奥山実先生がメッセージをしました。そして、帯広館内の先生方と共に開始式を持ちました。その時は、特別に賛美は、北海道リバイバルミッションで活躍された空知太栄光キリスト教会の銘形秀則先生が賛美を担当して下さいました。そして、日本ナザレン教団熊本教会の中出牧夫先生が司会を担当して下さいました。

開始式に参加された先生方は、帯広栄光キリスト教会の村田晃先生、アッセンブリー・オブ・ゴッド教団の吉田先生、聖公会帯広教会の寺本睦夫先生(現在は、退職されております)、救世軍帯広小隊、バプテスト教会などから参加されました。

代表者のご紹介

ゴスペルハウスの開拓したのは、私、アブラハム・リーです。韓国出身、アメリカ国籍で、1997年12月25日北海道に宣教師として来ました。

1963年2月7日韓国で生まれ

1981年ソウル中央大学校 食品加工学専攻 中央大学チャペルにあるSCM(Student Christian Movement)の活動に参加。SCMバイブルカレッジ受講。

1983年アメリカへ移住。

Orange Coast Collegeで、Business Information System(BIS)を1987年終える。

California State University of Fullerton(CSUF)でComputer Scienceを1989年学ぶ。

Biola University, Talbot Theological Seminaryで1990年神学を学びました。

その後、ハワイ島Konaにある、Youth With A Mission(YWAM)University of the Nations(UofN)で、1991年宣教師訓練学校を終え、宣教師として働きを開始しました。約5年間UofNで、宣教師として、宣教師訓練、そして、宣教師をサポートする働きをしました。

その中、家内澤田あゆみと出会い、1993年2月に結婚しました。当年12月に長男サムエル・リーが生まれ、現在まで3人暮らしをしています。

1995年に、ハワイを離れ、サイパン島で、アジア宣教団(Asia Mission Society)を創立し、日本の若者を訓練する企画を立てましたが、1995年10月札幌のために1ヶ月間祈りの旅をしている間、北海道へ導きを感じサイパンのすべてを処分して北海道に来ました。

1996年からは、アメリカのCalvary Chapelという教会で牧会訓練学校(School of Ministry)を受けるためにアメリカへ行った後、1997年12月25日北海道に定住することとなりました。

1998年1月富良野市で、半年間祈りの時間を持って北海道での働きを整えました。

同年7月に帯広へ引越し、1999年11月12日開始式を終え、教会開拓の働きをはじめました。

2002年教会の場所を幕別札内へ移動し、ゴスペルハウスという名前で開拓を継続しました。

2006年9月第2の開拓地、十勝郡浦幌町に与えられた2世帯住宅で2番目のゴスペルハウスを開拓初めました。

2011年5月からは、更別村での開拓を始めました。ここは、古い2階建ての住宅を購入し、全体的に修理をはじめ、手つくりの働き場を整え始めました。親子でコツコツ週末大工をしました。

私の障害について

1983年アメリカに移住してから2ヵ月後の4月20日のことです。突然、朝起きることが出来ず、大きな痛みが背中にあり、歩くことも出来ない状態になりました。当時、私の姉が看護士であったため、早めにUCI Medical Centerへ運ばれました。すぐにMRIに入りレントゲンを取り、背中の脊髄に出血の固まりがあることが解り、すぐ手術を行いました。手術は成功でしたが、期待された1週間後に普通に戻ることはありませんでした。そして、胸の下に麻痺が残り、車椅子の生活を始めました。病院で、2ヶ月の入院。そして、その後も、病院通いを2年半。その内に、ようやくワーカー(歩行器)を利用して歩くようになり、今までそのような状態での生活をしています。日本の障害者手帳には、1種2級という重度障害者です。

生まれつきの障害ではないため、それを認めるまでは時間が掛かりましたが、今は、障害は、自分の持つものとして、メガネのように障害を扱っています。いずれかすべての人は障害を持つようになりますので、自分には早めに来たわけです。また、自分の障害は、他の障害を持つ人との共感をもたらし、良い友人が沢山出来ているのは何より感謝なことです。

アメリカの有名なお医者さんから、「あなたは普通の方法では子供が生まれない。」と言われましたが、結婚したすぐ1993年12月に私たちの長男、サムエル・リー(澤田希望Sawada Nozomi)が生まれました。これも、一つの大きな奇跡です。私たちの結婚では子供がいないと思っていたので、長男の出産は、私たちの結婚の神様からの大きなプレゼントです。

活動:

  • 幕別町審議委員会委員 2000年~2001年
  • 幕別町社会福祉策定委員会委員 2002年~2004年
  • 幕別町教育委員会・生涯学習 韓国語講座講師 2003年
  • 有限会社アムス 取締役社長 2001年~現在
  • 帯広市IT情報科 ITアドバイザー 2003年
  • 幕別町教育委員会・生涯学習 韓国語講座講師 2004年
  • 幕別町都市計画委員会 2005年ー2008年
  • 幕別町社会福祉策定委員会委員 2005年ー2006年
  • 浦幌町町づくり総合審議会委員 2007-2008年

パブリシティー

  • 幕別町広報:  幕別町広報2002年11月 12ページ
  • 十勝毎日新聞: 2003年1月1日 SOHO支援者として
  • 北海道新聞: 2002年10月 SOHO支援ポータルサイトを立ち上げるなど
    2003年5月22日(夕刊、1面)SOHO支援事業としてなど
  • 北海道新聞: 2006年2月 十勝人(夕刊、1面)
  • 幕別町 町勢要覧 2006 笑顔 きらり 幕別町 P12

講演会:

  • 2002年 十勝IT産業のデメコムランドで、SOHO事業者としての講演会 at 帯広十勝プラザ
  • 2002年 IT活用をテーマに講演会 at North Land Hotel
  • 2003年 11月21日 十勝IT産業のデメコムランドで、メインスピーカーとして、「ITを活用した顧客サービスで勝負」というテーマで講演会 at 帯広十勝プラザ
  • 2006年5月、9月 音更昭和小学校5,6年生に韓国と韓国語の紹介・講演会などを行いました。
  • 2006年1月 江陵高校で 福祉課の皆さんに障害者の立場での国際的なお話をしました。
  • 2006年6月 足寄中学校で、韓国・アメリカの文化紹介・人生を語るのテーマで講演会を行いました。
  • 2008年2月29日 幕別町立小学校総合学習で、韓国と韓国語を紹介しました。
  • 2008年11月 浦幌町商工会IT講習会講師(IT利用の販路拡大):SEO対策の仕組みを学ぶことから検索エンジン対策を行うこととYahooオークションで出品することで、売り上げアップと知名度を高める。
 

ビジネスを通した宣教への導き

自分は、イギリスのHudson Taylorという宣教師の後をついで「Faith Mission」(すべての必要は主が満たしてくださる。だから、主の示したところへ行くことを惜しまない。)という精神を受け継ぎ、1991年から1995年の5年間YWAMの宣教師になることを決めました。

ところが、1995年10月いっぱい北海道の札幌のために祈りをした後、神様は1996年1月23日札幌から帯広へ行く汽車の中で、「ビジネスと宣教を一緒にする。」という召しを受けるようになりました。その意味は、今になって初めてもっと良くわかるようになりました。

その後、帯広の教会で協力宣教師として働きました。その中で、色んな出来事がありましたが、もともとの私たち夫婦の願いは、日本から海外へ宣教師として出て行く祝福の元となる人々を育ちたいと思いました。そのために、1999年の夏、当時帯広畜産大学校の学生たち3人と共に、祈りの中に示されたインドネシアへ短期宣教に行きました。インドネシアに行きましたら、そこのクリスチャンたちは、すでにビジネスと宣教は、共存しているものであることを生活に実践しているのを目撃しました。中国人係のインドネシア人が多かったが、彼らは、牧師であっても、信徒であっても多くの人がアメリカでMBA(Master of Business Administration)という「経営学修士」の学びを終えていました。また、教会の運用においても、このようなMBAの学びのやり方を導入し、合理的な方法を実践していました。

また、1998年には、アメリカのシカゴで行われたテントメーカー(Tentmaker)のIntentカンファレンスに参加しました。日本から、当時共に同じ方向へ行こうとしていた、有志と一緒に参加しました。話が前後しますが、このカンファレンスを通して、なぜパウロが海外宣教をする時に自分も仕事をしていたのかがわかるようになりました。

1997年12月に日本に定住することを決めたのですが、日本で模範を見せてくださいと神様に祈りました。その時に、12月24日東京を経由している間に、文化オリエント社(現、GrapeCity)の当時社長であるPaul Broman(岩佐勝)氏と出会いました。当時、東京のVIP運動のリーダーの一人である、佐々木満男弁護士と堀井兄弟とアフリカから来た兄弟と共にお昼を共にする機会が与えられていました。その出会いの中で、自分が行くべき道は、ビジネスと宣教を同時にすることであることを決定的に確認できました。主の祈りの答えであることを心に深く感謝しました。

Staffのご紹介

澤田あゆみ(Sawada Ayumi)

一番大事なStaffは、私の妻、澤田あゆみです。彼女は、1990年四国学院大学で社会福祉学科を学びながら、KGKやHoly Clubに関わり、卒業した後、ハワイ島Konaにある、YWAMのUniversity of the Nations(UofN)で、宣教師訓練を受け、私と共に1993年から1995年まで、YWAMのStaffとして働きました。私のパートナーとして、いつも私を愛し、支えてくださる最も大事な存在です。

彼女は、考えの中にすでに福祉が入っています。そして、派手に見えるところより、隠れているところや社会から隔離されているところに目が届きます。私との結婚も、私の持っている障害をも問題にもならないで受け取ってくれました。彼女の助けがなければ、今はないと思います。

家内は北海道網走郡美幌町出身です。両親ともクリスチャンです。つまり、クリスチャンの家庭で育ってられたので、一般の日本人の持つ価値観とは大きく違うものを持っています。それは、クリスチャンの家庭で育ってられたことから、聖書的な価値観を持つからです。例えば、寝る前まで、言下などをしたら、必ず仲直りをすること。それから、収入の10分の1は、必ず神様の働きに献金することです。

彼女は、私とは正反対の性質・性格を持っています。私は、遠くの将来を描きながら、常に前のことを計画しますが、彼女は、目の前の1歩を考えます。また、彼女には周りが良く見えますが、自分にはすべて把握するのが大変です。その違いにより、多くの助言をいただけます。ありがたい存在です。

サムエル・リー(Samuel Lee)

2番目のStaffは、私たちに与えられた息子です。1993年12月14日ハワイ島出身です。現在、ホームスクーリングで、アメリカのカリキュラムに合わせて英語で勉強を進めています。自分で勉強の目標を立てて、自分で頑張って勉強をしていました。教材は、ACEという教材です。現在、東京、札幌などでよく使われています。

彼は、今まで私たちと毎朝晩、聖書を読み共に感想を分かち合いながら、聖書の学びを進めています。また、最近は、幕別町札内で、7人ほどの小学6年生たちに聖書のことを語りながら、楽しいときを持つようになりました。

2013年12月に自動車運転免許取得しました。二十になり、成人した大人として働きを共にしています。

サムエルの個人的なブログです: http://joyful7.blog135.fc2.com/

彼はやさしい心を持っていて、色んな人に好かれています。まー、親ばかかも知りませんが、いい子だと思います。

将来は、ビジネスと宣教を共にする人に成りたいとのことです。Like a father, like a sonでしょうね。o(^▽^)o

 

私たちの信仰の源

ゴスペルハウスは、ペンテコステ係単立のプロテスタント教会で、超教派的な考えを持っています。すべての聖書を教えるCalvary Chapelの影響と神様を知り、神様を知らせるYWAMの影響が二つの大きな柱となっています。

IFGF(International Full Gospel Fellowship)という教団と提携(Affiliation)関係を持っています。日本では、東京、大阪にIFGFの教会があります。1999年インドネシアへ短期アウトリーチに行った時、そこで共に働いた有力な教団であったIFGFとの出会いがあり、そこのリーダーであるJimmy Oentoro先生とのかかわりにより、この教団との提携関係が始まりました。IFGFでは、世界宣教部があり、World Harvestという働きがあります。ここから、ISOMオンライン神学校のすべての教材・プログラムを日本語化しました。

私は、韓国生まれですので、近所の教会は、DangIl Church(당일교회)という長老派の教会でした。ここで、1980年洗礼を受けました。高校3年生の時です。1981年大学校入学と共に、自分に一番大きな影響を受ける機会が与えられました。それは、中央大学校のチャペルで行われたSCM (Student Christian Movement)というクリスチャン大学生会でした。当時大学校経済学部教授でありながら、教会の牧師であった、Choi Jae Sun博士兼牧師先生の大きな影響がありました。生きた信仰のあり方、聖霊の体験、御霊の賜物、今も生きておられる神様の働きが存在していることなど習慣的に教会に通うことではなく今も働いてくださる真実な神様を学びました。このChoi先生は、現在SanSung(Mountain Forest)という名前の働きをしています。クリスチャンの世界観、聖書的な経済観、回復など20世紀のクリスチャン思想家である、Francis ShaffaerL’Abri共同体のような働きをしています。もう一つの大きな影響は、Youth With A Mission(YWAM), Koreaからです。毎週火曜日の夜には、「火曜ミーティング」というものがあり、そこで行った賛美は、とってもすばらしいものでした。神様がそこに共にいるような感じで、今もこの火曜ミーティングは、続けています。私は、そこでボンゴで演奏者の一人として毎週ワーシップをしていました。これが、私がYWAMを知るきっかけとなりました。

1983年アメリカ南カリフォルニアでは、Orange Korean Churchという教会で信仰生活をしていました。ここは、Christian Reformed Church(CRC)という教団でした。この教会を選んだのは、毎日の早天祈りかがあったからでした。生きた信仰を持つためになくてはならない大切なのは、祈ることですからです。祈りがあるところに主が働かれます。この教会では、最初は、自分の足で礼拝堂に出入りしましたが、2ヵ月後の障害が出来てからは、車椅子で礼拝に参加することになりました。地下室に降りる時は、友人が車椅子のまま運んでくれました。その有志たちに感謝しています。まだ、アメリカに慣れていなかったため、出かけることが難しいところでありましたが、この教会の大学部(Nazareth会)の皆さんの優しい配慮もあり、楽しく大学生の信仰生活を送ることが出来ました。この当時の先輩Ken and Jeannie Leeも、現在Christian Reformed World Missionsの宣教師として、東京にいます。

この教会の大学生の中には、IVCF(Inter- Varsity Christian Fellowship)The Navigatorsで活躍した人がいて、Navigatorsから出版された弟子訓練教材を用いて学びをしました。私たちが使ったのは、Designed for Discipleship(DFD)というものでした。また、その後、2:7Seriesというものでも学びをしました。聖句の暗記、毎週の小グループので分かち合い、互いのために祈りあう、そして、個人伝道などを行いました。後ほど来られた伝道師は、BiolaのTalbot Theological Seminaryの先輩である、Oh Jeong Hyun先生でした。彼もNavigatorの影響が大きく、Nazarene大学部の部長をやっていた私に、大きく影響をしてくださいました。彼は、南カリフォルニアサラン教会を開拓しまして、大きな奇跡を実現し、現在韓国でSarang教会の牧師先生として活躍しています。

その後、南カリフォルニアにもCampus Crusade for Christ(CCC)の韓国人支部が出来まして、StaffとしてこられたMr. Kang, Soon Youngとの出会いがありました。ここでは、Vision(ビジョン)についての大きな影響がありました。物事を大きく見ることと同時に、そのビジョンを実現させるために必要なことが何かを学びました。毎年、カリフォルニアの各大学校の韓国人学生たちが集まり、Vision1995などその年にVisionを掲げて、学生たちに新しいことを主から期待するように導いていました。CCCの創始者である、Dr. Bill Brightの証は毎年聞きました。韓国のCCC代表のDr. Joon Kon Kimも毎年、そのVisionカンファレスで、証をしてくださいました。私もCCCの中で南カリフォルニアのリーダーの一人として活動していました。カンファレンスに参加する人々の中には、頭の良い学生も沢山いました。

自分は、大学校を選ぶ時に、一番聖書研究会が弱いところに行き、それを強めることにしました。学力の強さや将来性よりも、主の働きがもっと大事であったので、聖書研究会がほとんど無くなる寸前にいた、Califorina State University of Fullerton(CSUF)へ編入し、Computer Scienceを学ぶこととなりました。ここで、聖書研究会のお手伝いをし、毎朝の早天祈り会をはじめ、毎日祈りとデボーションを導くようになりました。入学した時は、4人のメンバーがいましたが、卒業する時には、50人のメンバーがいました。他の大学の聖書研究会との合同活動などを企画したりしながら、多くの大学生とのかかわりを持つようになりました。

大学生活をしながら、CCCの集会に参加したり、AnaheimにあるVineyard Church(John Wimber師が牧会された時)の日曜日の夜の集会に参加しました。また、Calvary Chapel, Costa Mesaには、週日の礼拝に参加していました。

1996年には、Calvary ChapelのChuck Smith先生が指導しているSchool of Ministry(SOM)で、牧会学を学びました。Calvary Chapelでは、すべての聖書(創世記から黙示録まで)を1節ずつ教えるスタイルをとっています。聖書の権威を絶対的なエラー無しの神の言葉として受け取り、聖書の教えをすべて教えることを学びました。これが、現在、ゴスペルハウスの説教のスタイルとなっています。すべての聖書を教えることがとっても大事です。SOMの時の日本人の1年先輩が、日本でロゴス・ミニストリーを運用しています。

1990年12月には、IVCF主催の3年ごとに行われるUrbanaという世界宣教カンファレンスがあります。私もUrbana 1990に参加しました。アメリカの大学生が約20000人ほど集まり、University of Michiganの寄宿舎でとまりながら、大学生の深い神への愛、使命感豊かな集会です。最近のUrbana2009には、BUSINESS AS MISSIONというセミナーも行っています。時代と共に、ビジネスと宣教が同時進行するものとして、一般化されています。日本は、まだまだ理解されないままであるのが、悲しいけれども・・・

Urbanaから帰ってから、すぐ、Youth With A Mission(YWAM)での宣教師訓練を受けました。雪が沢山降っていたUrbanaからAlohaのハワイへ向かって1991年1月2日に出発しました。ここが、YWAMの創始者が住んでいるところで、すばらしい神様の器が通る場所でもあります。うわさから聞いたのは、ここは、小さい天国だということでした。実際に言ってみると、それに近いが完璧な場所ではない。しかし、世界を抱いて祈る場所であり、世界の人々のために自分の命さえも捧げる人々の集まりでした。互いに愛し、互いに励まし、互いにビジョンに向かって自分の人生をかける心の厚い人々が集まったところでした。自分が受け取った大事なことは、全世界を心に抱き、神様を知り、神様を知らせることが、クリスチャンとしてのすべてであることでした。神様の御声を聞くことを学び、何が自分の人生で一番大切なのかが解りました。それは、主が今日語る言葉に聞き従うことです。YWAMは、そのような生き方を自分で生き、それを進め、励まし、世界に人々を送り出す働きをしています。私たちの夫婦の原点がここにあります。宣教のスピリットを受け取りました。特に、未開拓地への宣教が私たち夫婦の心にあります。なぜなら、神様はすべての民族を愛しているからです。

私たちには、このYWAMが、私たちの心の故郷であります。宣教の動機は、神の愛です。それを行うのは、主が先に私を愛してくださったからであり、私のためにご自分の命さえ惜しまなかったからです。この主の愛が私たちに一度も主の福音を聞いたことのない人々に伝えるように心を動かしているのです。私たちをすべての民の祝福となるために、自分の成功や名誉よりも、キリストの十字架の道を喜んで選ぶことが大切に感じられるのです。

私たちの信仰のステートメントと価値観(Statement of Faith and Core Values)

ゴスペルハウスは、以下のことを信じます。

  • すべての聖書(新約・旧約)の言葉は、御霊により啓示されたもので、最高の権威を持ち、エラーのない神様の御言葉であることを信じます。すべての考え、行動は、最終的に聖書に権威に従います。 (第2テモテ3:16; 第1コリント2:13)
  • 永遠の神は、雄一の神で、その役割として天の父、御子、御霊で、人格を持つ存在であることを信じます。 (マタイ28:19; 第2コリント13-14)
  • 創世記において、人間は試みと堕落した存在で、自分の力では義を受け取ることの出来ない状況にあることを信じます。 (ローマ5:12, 18)
  • 主イエス・キリストは、すべての人の救い主であり、聖霊によりはらまれ、処女マリヤにより生まれ、完全な神で、完全な人間として生きました。(ルカ1:26-35; ヨハネ1:18; イザヤ7:14, 9:16)
  • キリストは、私たちの罪のために死なれ、葬られ、三日目によみがえられ、彼の弟子たちに個人的に現れたことを信じます。(第1コリント15:1-4; ローマ4:25)
  • イエス様が天に体を持って上られ、聖徒のために再び尊厳と権威を持って来られることを信じます。(ヨハネ14:2-3; 第1テサロニケ4:13-18)
  • 人の救いは人間の努力によるものではなく、神様の恵みによるもので、十字架で死なれたキリストの御業を信じる信仰と罪の悔い改めによって受け取ることが出来ることを信じます。(エペソ2:8-9; ヘブル9:12; ローマ5:11)
  • キリストの命令に従って、天の父、御子、聖霊の名によって水のバプテスマを受ける必要があることを信じます。(マタイ28:19; 使徒の働き2:34-36, 19:1-6)
  • 救いに続いて聖霊のバプテスマ受けることを信じます。(使徒の働き2:1-4, 8:14-17, 10:44-46; ガラテヤ3:14-15)
  • 初代教会のように御霊が与える賜物により主に使えることを信じます。(1コリント12-14)
  • クリスチャン信仰の表現として、この世から区別された生活をする、そして、神様を畏れる聖なる生活をすごすために聖霊に満たされた生活を信じます。(エペソ 5:18; 第2コリント6:14, 7:1)
  • 初代教会がしたように、神の不思議、しるし、癒しを信じます。(使徒の働き4:30; ローマ8:11; 第1コリント12:9; ヤコブ5:14)
  • 聖徒のために主の食卓、聖餐をもって主を記念することを信じます。(第1コリント11:28-32)
  • 聖徒が永遠の命を持つこと(ヨハネ5:24, 3:16)と不信仰のものの罰を信じます。(マルコ9:43-58; 第2テサロニケ1:9; 黙示録20:10-15)
  • サタンの存在とその使えるものたちが、最終に永遠の裁きを受けることを信じます。(マタイ25:41; 黙示録20:10-15)

ゴスペルハウスでの大切な価値観

1.神を知ること

2.神を知らせること

3.神様の御声を聞くこと

4.聞いた主の御声に従うこと

5.祈りととりなしをすること

6.次世代を常に考えること

7.繁殖すること

8.自分が先に実行し、それから教えること

9.家族中心に働くこと

10.国際的な視野を持つこと

11.常に新しい皮袋を準備すること

12.地域の必要を満たすこと

13.開拓の精神を持つこと

14.しもべ(Servant)としてのリーダーシップを発揮すること

ゴスペルハウスのビジョン

ゴスペルハウスは、1)日本に置いて教会のない未開拓の市町村に教会を開拓することを目指しています。2)日本の必要を満たすことの出来る、そして、代案を提供できる次世代のリーダーを育てます。3)日本においてテントメーカー宣教を啓蒙・定着させ、近代宣教のリーダーとして日本からテントメーカーを世界に送り出します。

目標(Goal)

上記のビジョンを達成するために、2013年9月に「ビジョンスクール」開校し、ともに働きながら、学ぶ共同体を始め、2018年9月には、その国際的な共同体である、国際ビレッジを立て上げることを目指しています。今まで、私たちがやってきたことをベースに国際ビレッジでは、ビジネスと宣教を同時にすることで、町の繁栄をもたらしたいと思いっております。その繁栄は、私たちの繁栄でもある事でしょう。

ビジョンスクール(Vision School) 2013年9月開校

日本は、どんな時代よりも現代になってから目的・目標を失われています。クリスチャンにも例外ではありません。中高生時代を通して、神様からのビジョン・召し・Callingを受けて、自分の賜物を生かした、自分のミニストリーやビジネス・教会開拓のチームワークなどに携わる若者を訓練することが、このビジョンスクールのターゲットです。しかし、若者でなくても、団塊世代、U-Turn者なども対象となります。クリスチャンでありながらも、自分の召しをはっきりしていないすべての人が対象となります。

ビジョンスクールは、神様の御声を聞き、神様からのビジョンを頂き、自分の与えられた賜物を生かし、それにふさわしい働きを展開するために必要な技術・過程を共に取り進めます。教会の働きに限らず、ビジネス・宣教・NPO活動、ソーシャルイノベーションなど幅広く学びをします。日本という国が社会的な構造が変えられるために、違った生き方を聖書に基づいて歩むことにより、新たな部類を人々を生み出します。

これが、ビジョンスクールの目指すことです。人々の神様から頂いた、元の目的を取り戻すこと。

国際ビレッジは、上記の結果生まれる国際コミュニティ・国際共同体・宣教の共同体・職の共同体・キリストの体です。

ゴスペルハウスの活動

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ゴスペルハウスは、日本における働きに以下のような働きを行っています。

1.毎週の日曜日のチャペル10:30AM: 毎週聖書を順番で7章ずつ学びます。2009年1月末に第2歴代誌34章まで行いました。これからも続いて7章ずつ解説とVerse by Verse(各節ごと)で学びます。毎日のデボーションを分かち合っています。http://gospel-house.com/bibletoday/

2.ISOMオンライン神学校(ISOM Online): 新しくクリスチャンになった後、霊的に成長するために世界のベテランの先生が自分の専門分野で教えてくださいます。日本のJTJ神学校も通信講座でありますが、ISOMにも,すばらしい講師陣がいます。

3.電道(E-vangelism): 21世紀のコミュニケーションも変化の時期を迎えています。インターネットという新しいマスコミが登場しています。これに相応しい伝道の方法として電道(E-vangelism)という新たな伝道の方法をご紹介し、必要なサービスを提供し、キリストの体が豊かになることや効果的に活動を行えるように支援する働きです。

4.テントメーカー(Tentmaker): テントメーカーは、職業と宣教を同時にすることで、パウロが取った宣教の形態です。パウロは、サポートを受けて働きをしたわけではありません。彼は、自分の手で働きながら、自分の必要を満たし、他の異邦人への模範となるために、そして、効果的な宣教の活動を行うために、ビジネスと宣教を同時にしたのです。このような働きをテントメーカーといいます。ゴスペルハウスは、はじめからテントメーカーを原則として働いています。日本においても、効果的な開拓の働きを行うためには、テントメーカーの働きが適していることを確信しています。

5.教会開拓運動(Church Planting Movement): アメリカの南部バプテスト教団の世界宣教部では、この教会開拓運動(CPM)を支援しています。日本語での解りやすい資料は、以下の二つの場所からご理解いただけると思います。

6.若者訓練学校(Youth Training): 次世代のリーダーを育てるために中学生・高校生、そして、以降の若者たちを訓練していくことは大事です。ゴスペルハウスでは、年に数回の約1週間から10日程度の集中学び会を行っています。特に、ホームスクーリングを行う人々が自分のビジョンを求めながら、ビジョンの必要性と同時に、そのビジョンを達成するために行うべきステップを学びます。また、将来の世界宣教に役立つために、また、21世紀の国際化に応じて各個人を整えるために集中型の英語スクールを開いています。毎年、夏には、国際サマーキャンプを行っています。2009年は、第7回目の国際キャンプとなります。

7.国際交流を通した文化宣教(Cultural Exchange and Missions): 1999年度には、インドネシアナイトを通して、インドネシアの文化を地域で紹介しました。そして、インドネシアの食・衣装などを公開し、共に食事をするダイナミックな活動を行いました。2004年から韓国のお母さんたちが訪れて今まで第6回までのキムチ講習会、料理講習会などを行いました。毎年の夏の国際キャンプには、今まで約10カ国を紹介しました。

8.海外宣教(Overseas Missions): 1999年インドネシアへの短期海外宣教を行いました。貧民街で食事配り、そして、祈りの働き、コミュニティを立て上げる働きなどを行いました。現在、ゴスペルハウスは、インドのネルー宣教師、ミャンマーのコング宣教師を経済的にサポートしています。ゴスペルハウスの10分の1は、上記の二つの働きに祈りとサポートすることでパートナーシップを持っています。

9. 田舎の町づくり(Community Development): 地元の浦幌町は、人口6000人を切るくらいの町ですが、小さい町だからこそ出来ることがあります。私たちは、身近にあるITを利用して販売ルートを開拓し、産業が伸びるよう、実際にサポートの働きをしています。この小さい町だから出来る産業作りに関わりながら、若者が魅力を感じるような働き場を作り出すことを目指しています。この町が繁栄することを祈っています。

10.創業・起業(Entrepreneurship): 上記した町づくりになくてはならない大切な働きである、創業・起業家精神を養うことは、田舎の町づくりには不可欠です。ゴスペルハウスでは、このような企業家精神を育てることに、大きな価値を置き、町の繁栄に直接関わっていきます。

11.子育てと家族への働き(Family Ministry): いじめ、離婚、犯罪など、多くの社会問題は、その始まりが家庭にあります。父から愛を受けたことがない、両親からのほめごとばを聞いたことがないという方々に沢山会いました。日本の社会形成の一番小さい単位である、この家庭を健康に築くことは、日本全体の健康にも関わります。聖書では家庭の原則が語られています。それを解りやすく説明していきます。

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良くある質問と答え

  • Q. 家内安全や商売繁盛を願う宗教はご利益宗教なのであって、キリスト教はそういうものとは違う、と聞いたことがあります。それでは、自分の幸せを願うことはいけないことなのでしょうか。(四十代、主婦)

    A.  家庭を持ち、大切な子供を育てる責任を持つ親として、健康や経済的安定を願うことは、自然なことであり、当然とも言えます。おそらく、自分の幸せを願わない人などいないとすら言えます。キリスト教はこれらを否定するのでしょうか。

    ◇ キリスト教はご利益宗教?

    キリスト教は聖書のメッセージを土台としていますので、聖書が何といっているかが答えとなります。ところがその聖書は、一方では「自分の命を救おうと思う 者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう」(マタイ 十六・二十五)とあり、自己否定の道が示されております。しかし他方では「祈のとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」(マタイ二十一・二十 二)ともあります。
    これらのみ言葉は矛盾するように見えますが、どちらも最終的には幸せが与えられるという点で、重なるところがあります。聖書 はある意味で本当の幸せがどこにあるかを伝える書物です。ある敬虔な牧師は、「キリスト教は、究極的には真の意味でのご利益宗教だ」と言いましたが、わた しも同感です。しかし、一般的に考えられているご利益宗教とは、多くの点で異なります。

    ◇ ご利益信仰と人格的信仰

    信 仰者の在り方という側面から比較してみましょう。いわゆるご利益宗教においては、世界の中心に自分がいます。自分にとっての利益を願い、良いと思えない 病、貧困、災害等を避けることを願います。ご利益があるならどの神でも構いません。しかし、聖書は自分を中心とした信仰の在り方そのものに疑問を投げか け、さらに警鐘を鳴らしています。ご利益信仰に潜むこの自己中心性そのものが、実は大きな不幸の第一歩なのです。
    それに対して聖書で伝えられて いる信仰の在り方はよく「人格的信仰」と呼ばれます。それは自分ではなく神を中心としていくことであり、神との人格的信頼関係を人生の軸としていくことな のです。病気や貧困などから守られることも祈ると同時に、そういった苦難を神からの訓練として、受けとめることを学びます。神中心とは自分の利益のために 神を利用するという生き方との決別をいみしています。

    ◇ 真の幸せはどこに?

    幸せを求めることは人間として自然なこと です。しかし、何が本当の幸せなのか、また人生から幸せを奪うものが何か知らないゆえ、多くの人は表面的には豊かになった社会のなかでもがいているので す。ヒルティーは「私は病気で幸福な人をたくさん見てきた。私は貧しくて幸福な人もたくさん見てきた。しかし心が罪で腐っていて幸福な人には会ったことが ない」と言いました。聖書は、罪こそ幸せを奪うものであると教えています。罪とは、神ではなく自分を中心として生きて行くその在り方(Being) を指し、罪の行ない (Doing) はその結果なのです。すなわち、罪を犯すから罪人なのではなく、罪人だから罪を犯すのです。ご利益信仰そのものの内に潜む罪こそ幸せを奪うものなのです。

    何が幸せなのかは人間には分かりません。これが私の幸せだと思ってつかんだとしてもその瞬間に空しく消えていきます。真の幸せは追い求めて掴むものではなく、神の前に罪を悔い改めへり下る時、神がそっと与えて下さるものなのです。


    OMSウエストロサンゼルスホーリネス教会のQ&Aから
  • 教会の礼拝に出席するのに、何の予備知識も必要ありません。聖書や讃美歌も教会に貸し出し用がありますのでお気軽にご利用ください。とにかく、礼拝という場に身を置いてみる、ということから始めていただければよいと思います。
  • 弟子たちは、イエスの教えと復活の事実を伝える証人として任命されました。 「都で留まっていなさい」とありますが、この都とはエルサレムを指しています。 イエスのこの命令どおりに弟子たちはエルサレムに留まり、神からの賜物である力を待っていました。

    1:3 イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現われて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示され た。1:4 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」1:6 そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」1:7 イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっていま す。1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの 証人となります。(使徒行伝1:3-8)

    弟子たちはイエスの命令に従い、エルサレムで待っていました。この時、イエスが言われたように、 弟子たちは聖霊で満たされたのです。そして、弟子の一人、ペテロがエルサレムに集まっていたユダヤ人たちの前で、イエスの死と復活について語り始めます。 ここで書かれている記録が、教会の初めであり、始まりだったのです。 

    2:22 イスラエルの人たち。このことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思議なわざと、あかしの奇蹟を行なわれ ました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。

    2:23 あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。

    2:24 しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。……。

    2:32 神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。

    2:33 ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。……。 

    2: 36 ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」 

    2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。」と言った。   

    2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。 そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。 

    2:39 なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたちならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」

    2:40 ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼らに勧めた。

    2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日三千人ほどが弟子に加人々えられた。

    2:42 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。

    (使徒行伝2:22-42)
  • 「キリストのからだとは、教会のことです」(コロサイ1:25) とありますように、教会はからだにたとえられます。では教会の姿を次の聖句を読んで考えてみましょう。

    12:14 確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。12:15 たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。12:16 たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。12:17 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。12:18 しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。12:19 もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。12:20 しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。12:21 そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともでき ません。12:22 それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。12:23 また、私たちは、からだの中で比較的に尊くないとみなす器官を、ことさらに尊びます。こうして、私たちの見ばえのしない器官は、ことさらに良いかっこうに なりますが、12:24 かっこうの良い器官にはその必要がありません。しかし神は、劣ったところをことさらに尊んで、からだをこのように調和させてくださったのです。12:25 それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。12:26 もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。12:27 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(1コリント12:14-27)この聖句は人間のからだにたとえて教会の姿を言い 表しています。

    つまり、教会員のひとりひとりが重要な器官の役目を果たしており、どんなに小さな役目であっても、教会には必要な役目なの です。世の中では、偉い人や重要なポストに就いている人を重視します。しかし、「それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなく てはならないものなのです」 と書かれてあるように、教会においては重要でないと思われる人こそ必要なのです。そして、キリストのからだは、キリストにあって、同じ考え方、同じ心の持 ち方、同じ態度を持っているのです。さらに、重要な事は「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての 部分がともに喜ぶのです」と書かれているように、苦しみと喜びを分かち合う人々の集まりだという事です。これは、イエス自身によって次の様に教えられまし た。

    13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合い なさい。13:35 もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」(ヨハネ 13:34-35)

    イエスの愛が教会の人々の中に宿ります。 それゆえにクリスチャンはイエスが愛したように愛しなさいという命令を受けるのです。お互いに愛するとは、お互いに「深い同情心、慈愛、慈愛、謙遜、柔 和、寛容を身に着け、互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合い、主が赦してくださったように、赦しあう」ことです (コロサイ3:12-13)