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夫婦関係についての質問と答え

既婚女性が情緒的な満足を得るには?

投稿者: Administrator on . Posted in 夫婦関係について

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星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

Q 既婚女性が情緒的な満足を得るには、結婚生活以外のところに目を向けるべきだということですか。

A  まさしくその通りです。情緒的な弱さを持った女性が、ストイックで、女性の心の機微を理解しない男性と結婚している場合は特にそうです。

もし、彼女が、意味ある全ての会話の相手、また情緒的な全ての必要を満たしてくれる相手を夫に期待するならば、結婚生活は長続きしないでしょう。妻の「魂 の渇き」をどう処理したらいいか、どうしたら妻が幸せになれるのか、夫には全く見当がつかないのです。夫が、自分の願うような夫になってくれる見込みがな いと分かった時、二人の間には不満がわだかまり始めます。この問題で行き詰まった結婚の例を、私は限りなく見てきました。解決はどこにあるのでしょう。普 通の情緒的な必要のある女性ならば、そのままではいられません。心の底で悲鳴をあげています。

ひとつの答えは、他の女性たちと意味ある人 間関係を築くことによって、夫が満たしてくれないものを満たすことです。心から話し合い、聖書を学び、笑い、泣き、子どもを育てることのできる、女性の友 人を持つことは精神衛生のために必要です。まさにこの方法で、多くの女性たちは過去何世紀もの、自分たちの情緒的な必要を満たしてきたのです。多くの男性 たちは週に60、70時間も働いて、妻の心の必要に答える時間もエネルギーもなかったのです。しかし、女性たちのネットワークがその空洞をみごとに埋めて いました。彼女らは一緒に働き、一緒に料理し、一緒に教会に行きました。それで、どうにか満足できたのです。

今日、女性たちのネットワー クはどこへ行ってしまったのでしょう。多くの女性は仕事を持ち、近所に女性たちの姿がなくなり、人々はよく引っ越すようになりました。血縁者のつながりは 薄くなり、文化は進みました。そのため女性同士の友情は見い出しにくく、多くの若い女性たち、特に二人以上の就学前の子どもを持つ母親たちは友人を探すこ とをあきらめています。あまりに面倒なためです。しかしながら、若い主婦の読者の方々は、このようなパターンに陥らないように願ってます。どれほど忙しく ても、同性の友情を育むために時間を費やしてください。家に閉じこもって、誰かが話しかけてくれるのを待つ誘惑に負けないでください。あなたの必要に答 え、聖書のみことばを宣べ伝えているキリスト教会に家族で出席してください。同じ様な気持ちを持った女性たちが周りには大勢います。彼女たちを探し出し、 愛し、そして自分を与えるのです。そのうちにあなたの自尊心も高まります。あなたが満足していれば、結婚生活もうまく行きます。

簡単すぎる答えに聞こえるかも知れませんが、人間はそのように造られています。人間は、社会的な生き物として、神を愛するように創造されており、孤独ではうまくいかないのです。孤独を避けてください。


ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

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良くある質問と答え

  • Q. どうしてクリスチャンは、日曜日に礼拝をするの?

    A. 日曜日に行くだけではなく、 しばしば週日にも教会に行きます。礼拝は通常日曜日が中心ですので(時間はまちまちですが)神を生活の第一として礼拝し、聖書のメッセージを聞き、そのみ ことばから励ましや希望、力をいただくのです。教会によっては、日曜日以外の曜日にも礼拝が持たれています。また、聖書の学びや賛美集会、祈り会などの集 会も開かれていますので、お近くの教会にお尋ねください。
  • それでは、教会が具体的にどのような人々の集まりなのかを、共に聖書から考えてみましょう。 次の3つの特徴があります。

    (1)神と契約を交わした人々としての教会、

    (2)キリストのからだとしての人々、

    (3)神を愛し隣人を愛す人々。

    これらの3つの要素は神が制定したものです。私が作成したものでもなく、ある人間の伝統とか個人的な好みとか考えは含まれていません。 これらの要素を一つ一つ吟味してみましょう。
  • Q. イエス・キリストとはどのような方ですか。どうすれば知ることができますか。

    A.  イエスは真実に人間となった神の子、そしてわたしたちの主キリストです。 それは聖書全巻を通して、神さまからわたしたちに証言されています。この方を知るには、信仰という神さまからの恵みに依らなければなりません。神さまは聖書を用いて、礼拝において、言葉を語り、わたしたちはこの方を知るのです。 人間の能力では決して知ることが出来ない人類最大の秘義です。
  • 家族Q 博士の中絶に対する考えは極端だという人たちがいます。近親相姦やレイプや生まれてくる子が障害児である時でさえ、中絶は許されないと言われるからです。そういう立場を取られる理由は何ですか。

    A  文字どおり母親の命がかかっているという稀な場合にのみ、人間は発達過程にある胎児の命を奪う権威を持つと私は思います。

    その理由は、次の単純な質問に基づいています。「母親の子宮にいる赤ちゃんと、産道を30センチばかり下りた赤ちゃんとどんな基本的違いがあるのでしょう。」もしあるなら、それは何でしょう。人の誕生のどの時点で、神は子供を人間であると宣言されるのでしょう。

    赤ちゃんが母体から離れることには、単なる原形質から永遠の魂を持った人間への変化を説明する、何か特別神秘的なものがあるのでしょうか。私はないと思います。子宮内の赤ちゃんも、数分後にこの世に生まれる赤ちゃんも、確かに神様は同じ愛をもってご覧になるのです。
    両者の唯一の違いは、人の目に見えるか見えないかです。

    こ の前提を受け入れるなら、産前であれ産後であれ、子どもを殺すことは同じように人の道に反します。肉体上の問題、知的な障害、また妊娠の理由はこの際関係 がありません。思いがけない障害をもって生まれた子をその場で殺すようにとは、中絶賛成派の急先峰であっても言いません。
    実際に、人並みの知的能力を持たないであろう新生児や、数週間しか生きられないであろう新生児を殺したら、当局から殺人の責任を問われます。子どもの状況がどれほど厳しくても、私たちには自然の流れに任せるという道徳的また法律的責任があります。

    同じように、私たちは、レイプや近親相姦による妊娠だったからと言って、たった昨日生まれたばかりの子を殺すことはしません。一旦生まれたなら、ことさらに命を奪うことは考えられないことです。
    そ れならば、母の子宮にいるからといって、なぜ「標的」にされるのでしょう。確かに、法律は生まれていない子と生まれた子とに違った立場を認めますが、その 場合は法律が悪いのです。このような区別をするべき生物学的、また道徳的な理由はありません。私たちがまだ会っていない小さな犠牲者の死ぬ過程を見なくて すむ時にのみ、胎児の虐殺は受け入れられるべきかに見えるだけなのです。

    ですから、欠陥があったり障害を持つ子どもの命を断つべきだとい う議論のすべては、以上の理解に照らして検討されなければなりません。「どっちみち死ぬんだから。」「生かしておいても本人が苦しむだけだ。」「親が苦し むだけだ。」「真っ当な人生を送る見込みは、まずない。」「関係者みなにとって、これがベストの選択だ。」など様々な言い分がありますが、この世に生を受 けた赤ちゃんに適用しようとすると、こういう言い訳が間違っていることは明らかです。

    新生児にシアン化合物を与えるべき正当な理由はありません。しかし、その数時間前、妊婦の陣痛がまだ始まっていない時なら、その同じ欠陥のある胎児、または誤って妊娠に至った胎児をばらばらにしてもかまわないと考える人たちがいます。

    私 は、その主張は断固として誤りだと思います。こういう見解は、哲学的また神学的に述べることは易しくても、実際問題として直面させられる親にとっては別問 題だということは分かります。特に気にかかるのは、レイプによる子を妊娠している女性です。言語に絶するうめきと苦しみとがあるでしょう。
    しか し、そのような母親でも、もし無事出産し、自分で育てるか養子に出したならば、決してその決断を後悔することがないことを私は確信します。生まれていない 子どもにとって正しく道徳的なことは、両親にとっても結局はベストなのです。私の意見に反感を覚えるする人はいるでしょうが、これは私が信じていることで す。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A