注目ニュース

ゴスペルハウスが提供している「今日もバイブルしましょう!」サイトのシステム全体のアクセス数が、8,000,000を超えました。

このサイトの目的は、毎日1章ずつ聖書をともに読むことをお勧めし、そこに互いに投稿しあうことを目指しています。

「今日もバイブルしましょう!」のサイトは、http://www.bible-today.com/ です。

子供にテレビの番組を何でも見せるのは?

投稿者: Administrator on . Posted in 子育ってについて

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

テレビ見る子供たちQ うちの子が一緒に遊ぶ、近所のお子さんたちは、あきれるようなテレビ番組を見ています。親たちが、暴力やセックスを子どもたちに見せていることが信じられません。こういう番組を見ていると、後々どのような影響が出るのでしょうか。

A  あまりにも多くの親たちが、テレビを子どもの好き放題に見せていることは、悲しく、また理解しがたいことです
「何を見せてもいいじゃないか。」と言う方々に、私はこう聞きたいと思います。
見ず知らずの人が、あなたの家を訪ねてきて、「お疲れのようですね。一日二日、お子さんたちの面倒を見てあげましょうか。」と言ったとします。「やあ、ありがたい、ぜひ、頼みます」と答える人は、まずいないでしょう。
これは、「子どものテレビを考える会」代表のペギー・チャレン女史が使った例です。彼女の言いたいことは明らかです。

子 どもたちをテレビの前に座らせる時、私たちは彼らを見ず知らずの他人の手に任せているのです。子どもに自由にテレビを見せることによる危険性は、ますます 大きくなりつつあります。テレビでの暴力が、後になってしばしば子どもや十代の若者による暴力となって現われることは、数多く実証されてきています。

中でも、レナード・D・アロン博士の研究は、大変に説得力のあるものです。
複数の子どもたちを、まず8歳、次に19歳、最後に30歳の時に調査しました。国は、米国、豪州、フィンランド、イスラエル、ポーランドにまたがりました。結果は、どこでも同じでした。
8歳の時に暴力番組をひんぱんに見ていた子ども程、30歳の時に犯罪者となっていた確率が高く、飲酒時の行動は節度を欠いていました。

親は、子どもたちのテレビを見る時間と番組の内容を規制しなくてはいけません。さもないと、恐ろしい結果になるかもしれません。


FROM ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A

スポンサーサイト:

良くある質問と答え

  • Q. クリスチャンになると死が怖くない? ほんと?

    A. 恐れや怖いという感情は、人間 の肉体に生まれついた本能的なものですから、クリスチャンになったからといって、無くなるわけではありません。しかし、キリストの十字架のあがないによっ て、永遠の滅びから罪のゆるしをいただいて、天国に行く確信を持つと、死の恐れに勝利できるのです。それだけではなく、天国で神との素晴らしい交わりを持 ち、先に天国に帰った家族や友とも再会できるという希望を持つことが出来ます。キリストを信じる時に、死の恐怖から解放され、希望と自由と平安を得ること が出来るのです。
  • 子育てQ 子どもをしつける親が、最も犯しやすい過ちとは、どのようなものでしょうか。

    A .  私の見てきているところ、それは、親が怒りによって子どもをコントロールしようとすることだろうと思います。
    どんな年齢層を対象にしても、怒りで人を動かそうというのは最も非効率的な方法です。それなのに、多くの大人たちは子どもをしつけるのに、自分の感情的な言動に頼ろうとします。

    ある先生が、全国ネットのテレビ番組で言っていました。

    「教師であることには誇りを持っています。でも毎日子どもたちを教えるのは嫌で仕方がありません。生徒たちは全く言うことを聞かないので、教室の秩序を保つために、私は絶えず怒っていなければなりません。」

    明けても暮れても、嫌みで怒りっぽい先生を演じつ続けなければならないとは、何ともご苦労なことと言わねばなりません。

    しかし多くの先生方や親たちはそれ以外の指導の仕方を知らないのです。これは、疲れるやり方であり、そして効果がありません。自分自身がどういう風に人から動かされるかを考えてみたら分かり易いでしょう。

    今晩帰宅途中に60キロオーバーのスピード違反をしてしまったとしましょう。街角に警官が立っていますが、彼にはあなたを捕まえる方法がないとします。パ トカーも白バイも持っていません。肩章も拳銃も違反切符もありません。できることは、ただ街角に立ってスピード違反をしているあなたに向かってののしるこ とだけです。警官がこぶしを振り上げるのを見てあなたは減速するでしょうか?もちろんしません。そばを通り過ぎながら手を振って挨拶するかもしれません ね。怒ったからといって、警官は何もすることは出来ません。漫画のような話です。

    一方、バックミラーの中に黒と白の車が頭上に赤いランプ を回しながら近づいてくるのを見ることほど、スピード狂のドライバーをおとなしくさせるものはありません。路肩に停車すると、威厳があり、礼儀正しい警官 が運転席に近づいてきます。2メートルもあろうかという大男で、ローン・レンジャーの様な声をし、銃身をごく短く切った散弾銃を両腰に下げています。彼は 丁寧ながら毅然とした態度で、「お急ぎのところ恐縮ですが、レーダーよると制限速度40キロのところを、100キロで走っておられたようですね。免許証を 拝見します。」と言います。
    警官は革表紙の召喚状を開いてあなたの方に顔を寄せます。彼は敵意を表したり、非難をしたりはしないのに、あなたは即座に求めに応じます。まごまごしながら、気に入らない自分の写真のついた免許証を財布の中から取り出します。
    な ぜあなたの手は汗ばみ、口はカラカラなのでしょう。どうして心臓は喉から飛び出しそうなほど脈打っているのでしょう。それは、警官がしようとしている手続 きが不愉快極まりないからです。あなたのこれからの運転癖を劇的に変えてしまうのは、警官のこの一連の行動なのです。怒りではなく、懲らしめの行いが行動 を直すのです。

    実は、大人の怒りは子どもの心に破壊的な軽蔑心を引き起こすと私は信じます。子どもには、私たちの怒りは、事態をどうに も出来ない無能さと映るのです。正しいことを教えようとするのですが、効果がないのでやたらと手を振り回し、涙を流さんばかりにして実行もしない脅迫を繰 り返すのです。
    お聞きしますが、あなたご自身はそんな風に感情的な方法で法律を守らせようとする裁判官がいたとしたら、尊敬なさるでしょうか。答えを待つまでもありません。ですから、法律の世界は意図的に、客観的で、合理的で、威厳に満ちたものとされているのです。

    私は、親たちや先生方が正当な感情を子どもたちから隠すようにと言っているのではありません。あるいは、全てをうちにしまい込んだ、応答をしない、面白味 のない、ロボットの様な人間になれと言っているのでもありません。子どもたちが侮辱的な態度を取ったり、不従順になることはありますし、私どもがいら立つ のは、無理のない場合はあります。そういう場合は、むしろ怒りを表現するべきです。そうでなければ、偽善者でしょう。

    私のポイントは、怒りがしばしば子どもたちの、行儀を直すための道具として意識的に使われるということです。しかしこれは効果がないばかりか、子どもの信頼を失うことにもなるのです。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

  • 子育てQ 親が性教育をしようとするとき一番助けになるのは何でしょう。

    A.  結婚前の純潔と生涯続く互いへの忠誠の大切さを強く信じるキリスト教会こそが、同じ信念を分かち合う親たちの助けになるべきです。

    こ のような倫理観の歪んだ時代に、伝統的な道徳を見い出せるところは他にありません。キリスト教会の持っている信仰を最もよく体現しているのは教会そのもの です。今日のように聖書的道徳が攻撃されて、この働きを担おうとする教会が少ないことは残念です。一部の私立校では親の望むような性教育の助けが与えられ ます。
    しかし、そこでも時に全く無視されたり、不適当な扱いをされることがあります。それで必要な情報を与えるために公立校などでは不幸なことに親の意思に反する、行き過ぎた「性教育」が、時には幼稚園からなされることがあります。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

  • 退屈Q 「子育てや家事は退屈でつまらない」という人に博士は何とお答えになりますか。

    A 主婦の仕事をそのようにしか見られない女性たちがいますが、実はほとんどの仕事は退屈なものです。毎日お給仕ばかりするウェイターはどうでしょう。朝から 晩まで顕微鏡のスライドとバクテリアの世界を調べる病理学者。患者の歯を掘っては埋め、掘っては埋めている歯医者さん。図書館の片隅でほこりっぽい文献を あさる法律家。来る日も来る日も原稿用紙のます目を埋め続ける作家など・・・。ほとんどの職業は、ときめくような興奮を絶えず味わってはいないのです。人 にうらやまれる仕事にも退屈な側面はつきものです。
    数年前ワシントンD.C.に出かけた時のことですが、ホテルの隣の部屋に、その晩市内のコン サートで演奏をする予定のチェロ奏者が泊まっていました。彼が練習する音が壁を通して何時間も聞こえました。美しい交響曲を演奏したのではなく、音階と パッセージと練習曲を何度も何度も繰り返していたのです。早朝からコンサートの直前までです。その夜、彼がステージに上がった時、聴衆は「何と魅力的な人 生だろう」と思ったことでしょう。大変な「魅力」です。彼がチェロを友として一日をホテルで過ごしたことをたまたま私は知っているのです。寂しくても、楽 器は口を利いてはくれません。家庭外の人とのコンタクトを保つように女性たちが努力さえするなら、主婦としての仕事がことさらに退屈なものだとは私は思い ません。
    その仕事の大切さから言えば、ひとりの人間を幼い時に養い育てるほどの責任は他と比べられません。


    From ドクター ジェームス・ドブソンのQ&A