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子どもと過ごす時間の質が、長さよりも大事?

投稿者: Administrator on . Posted in 子育ってについて

星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

子育てQ. 最近、子どもと過ごす時間があまりとれないのですが、一緒にいられる時は大事にしたいと思っています。子どもと過ごす時間の質が、長さよりも大事だという意見に、先生は同意なさいますか。

A.  私には、その考えの論法があやまりだと思えるのです。
なぜ、時間の質と、長さのどちらかを選ばなければいけないのでしょうか。私たちの生活の他の場面で、そういう選択を迫られることはありません。どうして、子どもと過ごす時間についてのみ、そのように考えるのでしょう。

例 えばの話です。あなたが、町で有数のレストランで食事をするのを楽しみにしているとします。ウェイターが持ってきたメニューを見て、あなたは、一番高級な ステーキを注文しました。ところが、出てきたのは、お皿の真ん中に、三センチ四方の小さなお肉が乗っているだけです。あなたが苦情を言うと、ウェイターは 答えます。
「確かに小さいことは小さいですが、最高品質のビーフでございます。これ以上の味はどこでもお目にかかれないと思います。なにしろ、大 事なのは量ではなく、質でございますから。」当然ながら、あなたは憤慨します。なぜなら、食事はもちろん、多くのものは質、量ともに大事だからです。

子どもと過ごす時間についても、同じです。子どもたちは、親と過ごす時間が必要であり、私たちは最善のものを彼らに与えるべきです。私には、「量か質か」という議論が、子どもたちにそのどちらも与えない言い訳に使われているような気がしてならないのです。


ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

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良くある質問と答え

  • 子育てQ. 父親として、子どもが10代のうちにしておかなければならないこととは何ですか。

    A. 「少年をふさわしい男性に結びつけなさい。そうすればめったに道を誤ることはない。」とある人が言いました。これは真実だと思います。

    父と息子が、趣味や興味あることを一緒にするなら、反抗期も比較的平穏に過ぎるでしょう。一緒に経験したことは生涯の思い出となります。

    ダ ン・フォーゲルバーグ作詞の歌を思い出します。主人公と年老いた父親はともに音楽好きでした。題名は「バンド・リーダー(父親のこと)」。そのメッセージ には、私も深く共感させられます。息子は「ぼくを育ててくれたお父さん、大きな優しい手で」と歌います。「父の歌は、今もぼくの心に~」息子自身が、「バ ンド・リーダーの生きた遺産」になったのです。この男性が、老いた父親を訪ねる時、生涯つちかった親子の愛情が二人の間に行きかうのを見ることができるの ではないでしょうか。
    神さまが父親を創造なさった時に意図していたのは、きっとそういう光景だったに違いありません。

    ご質問に ストレートに答えて見ましょう。あなたは、感じやすい息子さんとの間にどんな共通の興味を育てていますか。息子と車の修理をする父親もいます。ある人はプ ラモデルを組み立て、木工細工をします。私は父とハンティングや釣りを楽しみました。早朝、森の中へ一緒に入っていったあの幸せな日々のことはどのような ことばでも言い表すことはできません。私のために時間をとってくれた父に向かって、どうして腹を立てることができたでしょう。野原で楽しみ、笑いあって帰 宅しながら素晴らしい会話の時を持ちました。

    私は自分の息子とも同じ様な関係を保とうと努力しました。自由に話しあえる親子関係を築く機会は、積極的に作り出さねばなりません。
    それはどのような犠牲を払っても達成する価値のあるゴールです。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから

  • Q 博士は「健全な夫婦は喧嘩の仕方を知っている」とおっしゃいますがそれはどういう意味ですか。
    A 私の言いたいのは、フェアな争いの仕方を学ぶ必要があるということです。結婚生活では健全な争いもあれば不健全な争いもあります。不安定な家庭では、ののしりの言葉が相手のもっとも弱い所に向けて投げつけられます。
    「あなたって何一つまともにできないわね。」
    「そもそもおまえと一緒になったのが間違いの元だった。」
    「おまえ、ますます母親に似てきたよ。」こういう攻撃的な言葉は、あなたの伴侶の自尊心の中核を傷つけます。
    反対に、健全な争いは不一致をもたらした問題点に焦点を当てます。例えば、「夕食に間に合わない時には連絡してくれないと困るわ。」あるいは、「夕べのパーティーであんなふうに言われちゃ、まるで僕が馬鹿に見えるじゃないか。」という具合です。
    違いが分かりますか。前者は相手の尊厳を傷つけ、後者は摩擦の元になった問題を追及しているのです。この大切な違いを夫婦が学びとるなら、互いを傷つけたりおとしめたりせずに不一致を解決していくことができるのです。


    ドクター ジェームス・ドブソンのQ&Aから
  • 先に愛については既に触れました。しかし、神の愛、隣人愛は教会の特質として欠かすことが出来ません。そこで、もう一度愛について考えてみましょう。教会 の人々は、神を愛し、隣人を愛す人々です。イエスは何が一番大切かと質問された時に次の様に答えました。 12:28 律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつです か。」12:29 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』12:31 次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」(マルコ12:28-31)

    一 番大切なことは、神を愛し、自分自身のように隣人を愛すことです。愛といいますとロマンチックな愛を考えがちですが、愛すために人は神から与えられている すべてを尽くすことを求められます。つまり、心(純真な思いや願い)、思い(感情や感覚)、知性(理論的な考え)、力(理知的な力と意志や肉体的な力)を 尽くして愛します。神の教えを理解し、心からその教えに従うことです。時には、理知的な力と意志や肉体的な力も必要でしょう。さらに、「人は自分自身のよ うに隣人を愛すべきだ」とイエスは言います。このことは自分自身も愛すことを裏付けています。これは、自分中心的な愛ではありません。むしろ、自分自身へ の愛は、神によって創造された確信と、神によって愛されているという確信からくるものです。同じ理由で、神によって創造された隣人を愛します。
  • Q. 聖書ってどんな本?

    A. 聖書とは、旧約聖書39巻と新約聖書27巻、計66巻が一 つにまとめられた本です。「聖書(Bible)」という言葉は、ギリシャ語の「ビブロス(本)」から来ています。約1600年の間 (B.C.1500~A.D.100)に、40人以上の人々(王様、学者、農夫、漁師、医者など)が、神に導かれて記した不思議な書物です。
    聖書の中には、神から人間に対するみこころが文書のかたちで啓示されています。天地創造からイスラエル民族の歴史、初代キリスト教の歩みや、この世界の未来に対する預言などが書かれています。その中心的主題は「イエス・キリストによる救い」です。
    毎年世界で一番多く印刷され、世界でもっとも多くの言語に翻訳され、世界中の国々で読まれているのが聖書です。