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クリスチャン信仰についての質問と答え

教会に行くには?

投稿者: Administrator on . Posted in クリスチャンの信仰について

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Q. 教会に行くには、どうしたらよいのですか?

A. もし近くに教会があれば、思い切ってたずねてみてください。少し不安を感じる方は、まず電話で、その教会の「牧師(ぼくし)」に、礼拝や他の集まりの時間などを聞いてください。個人的に話をされたい場合は、やはり電話で訪問予約を取ることがいいと思います。

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良くある質問と答え

  • 一般に教会とは建物を指していることが多いようです。「教会に行ったことがある」「教会で結婚式を挙げる」と言う時、教会の建物を指して言っているようで す。 中世の教会では神の威光を表現するために、より高い教会堂、より大きな教会堂を建設しました。この長い歴史の中で、教会イコール教会堂(建物)というよう に変わっていったのです。元々、初期教会が存在した頃、教会堂のようなものはありませんでした。 クリスチャンは個人の家で集まっていたのです。 長い歴史の中で、本来の教会の性質も変わっていきました。 キリスト教の中には様々な宗派があり、各々の宗派がそれぞれの伝統を持っています。 そして、それぞれの教会が各々の伝統に基づいて違ったことを教えています。このような事は神が計画したことではありません。 教会はある宗教的なリーダーによって築かれた、という印象を持っている方もいると思いますが、本当の教会の姿は違います。 イエスは次の様に言われました。

    16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。16:19 わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天に おいても解かれています。 (マタイの福音書16:18-19)

    聖書が教えている教会とは、イエスが建てたものです。教会の起源は神 自身にあるのです。宗教的なリーダーが建てたものでも、ある特定の人間が建てたものではありません。では教会がどのように始まり、いったいどんなものなの かを共に考えてみ見ましょう。イエスが十字架に架けられ死んで3ヶ日後に復活され、その時にイエスは弟子たちに言いました。

    24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり 24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさ い。(ルカの福音書24:45-49)
  • Q. イエス・キリストとはどのような方ですか。どうすれば知ることができますか。

    A.  イエスは真実に人間となった神の子、そしてわたしたちの主キリストです。 それは聖書全巻を通して、神さまからわたしたちに証言されています。この方を知るには、信仰という神さまからの恵みに依らなければなりません。神さまは聖書を用いて、礼拝において、言葉を語り、わたしたちはこの方を知るのです。 人間の能力では決して知ることが出来ない人類最大の秘義です。
  • 教会の礼拝に出席するのに、何の予備知識も必要ありません。聖書や讃美歌も教会に貸し出し用がありますのでお気軽にご利用ください。とにかく、礼拝という場に身を置いてみる、ということから始めていただければよいと思います。
  • Q. キリスト教は、禁酒禁煙ではないのですか。

    A. 「そうです」とも「違う」とも言えません。 確かに教会が禁酒禁煙を声高らかに謳った時代がありました。それにはそれぞれ理由があります。 どんな生活が神の前にふさわしいかは、それぞれ信仰と良心の自由に基づいて判断されるべきです。 キリスト者の生活態度は、神の戒めに従うことです。神はその民イスラエルに十戒を与え、それを守るように命じられました。

    神はこれらすべ ての言葉を告げられた。 「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神 である。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の 中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わた しは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与 える。あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の 間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷 も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息 日を祝福して聖別 されたのである。あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。殺してはならない。 姦淫してはならない。盗んではならない。 隣人に関して偽証してはならない。 隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。」(「十戒」出エジプト記20:1~17)

    またイエス様は守るべき戒めを次のように新しく解釈されました。
    「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」「隣人を自分のように愛しなさい。』」(マタイ22:37,39)
    つまり守るべき戒めとは、神と人を愛することなのです。
    キリスト者には上にあるような基本的な生き方がありますが、どんな生活を送るかは自由であり、多様であるとしか言えません。しかし何ごとも神の栄光を表すためでありたいものです。